知財とともに歩み続けた34年間。松本和久が「変な仕事」を続けられた理由とは

132view

INTERVIEWEE

グローリー株式会社

松本 和久

大学を卒業後、三洋電機株式会社に入社。1990年から知的財産部門へ異動し、特許明細書の作成、他社に有効な権利の取得、他社への権利行使、また家電製品全般の商標業務にも携わる。2007年からグローリー株式会社に転職。有効権利の取得や権利の活用など、部門の活性化に力を注ぐ。2019年から2024年まで、同社知的財産部の責任者を勤めた後、契約社員として知財戦略立案やIPランドスケープを活用した業務に携わっている。

通貨処理機やセルフサービス機器、電子決済サービス、ロボットSIなど、幅広い製品やソフトウェアを開発しているグローリー株式会社。知財戦略を取り入れている同社で、知財部の部長として働いていたのが松本 和久氏だ。

同氏は2024年に定年退職し、現在は契約社員としてグローリーの知財戦略に携わっている。今回は、長きにわたり知財の仕事を続けている松本氏の過去を紐解きつつ、業界の変遷や知財の重要性について伺った。

変化していく知財業界で生きてきた

—【聞き手:松嶋、以下:松嶋】自己紹介をお願いします。

—【話し手:松本 和久氏、以下:松本】松本和久といいます。大学を卒業してから三洋電機に入社し、知的財産の仕事をするようになって、今までずっと知財関係の仕事をしてきました。

私自身は弁理士ではないのですが、昨年まではグローリー株式会社で企業の知的財産を扱う知的財産部(以下、知財部)の部長として働いていました。定年退職をした現在は、グローリーの契約社員として知財部で働いています。

—【松嶋】ずっと知財に関わるお仕事をされているのですね。現在の仕事内容についてもお話いただけますか。

—【松本】他社の特許を調べて、業界の動向を分析したり、その分析結果から新しい事業を提案したり、といった仕事をしています。

以前なら、知財部としてのメインの仕事は、特許を出願できるようにサポートすることだったのですが、最近は知財の情報を活用して事業を推進するといった動きが活発になってきているように感じます。

—【松嶋】変化を感じるようになったのは、いつごろですか?

—【松本】知財の業界全体として動き方が変化していると感じるようになったのは、5~6年前ぐらいからだと思います。知財業界全体で「知財の情報を活用して事業に貢献していこう」と度々言われるようになったのです。

私の場合は、会社の役員から「知財の情報を活用して事業提案できるのではないか?」と言われたことをきっかけに、そういった仕事をするようになりました。

—【松嶋】「特許を取得して自分たちの事業を守る」という意味合いが強かったところから「特許の情報を活用して新たな事業を生み出す」という攻めの姿勢に変わっていったのですね。

—【松本】ええ。知財の業界ではそういった動き方、考え方が浸透してきています。ただ、会社としてはまだ伸び代がありますし、もっといろんな領域で知財の情報を活用できる部分があると思っています。知財の重要性を経営層に伝えることが、今後の知財部の課題の一つです。

開発者として入社するも、予想外の異動で知財部へ

—【松嶋】過去についてもお伺いさせてください。小さい頃はどのようなタイプだったのですか?

—【松本】リーダー的なタイプではありませんでしたが、クラブの部長などに指名されることは多かったです。ただ私個人としては、クラブ活動でスポーツに熱中するというよりも勉強に力を入れていました。勉強が好きだったわけではないのですが、人並みには頑張っていた方だと思います。

—【松嶋】理系と文系だったらどちらが得意だったのですか?

—【松本】理系です。国語や社会よりも、数学や物理が好きでした。

その延長でアマチュア無線にも興味があり、学生のころは通信系の仕事をしたいと思っていました。そのため、大学では通信工学を専攻して、アマチュア無線の研究会にも入っていました。

—【松嶋】なるほど。それで大学卒業後は、自分が好きだった領域で事業を展開していた三洋電機に入社されることになるのですね。

— —【松本】ええ。入社したばかりのころは、制御回路の設計を担当していました。

—【松嶋】そこからどのようにして知財部にいくことになったのですか?

—【松本】入社して3年ほどたったころに、会社全体で知財を強化するという話がでて、開発部門から数名が知財部にアサインされたのです。それで、私も知財部に異動することになりました。

—【松嶋】知財部ではどのような仕事をされていたのですか?

—【松本】一人ひとりに担当の製品が割り当てられるため、その製品の特許出願書類の明細書を作成したり、特許庁とのやり取りをしたり、他社の特許の調査をしたりしていました。

知財部の仕事に慣れてきたころには、明細書を作成するよりも、自社の特許に関連する他社とのライセンス交渉などを担当することが多くなっていきました。

—【松嶋】三洋電機では何年ほどお勤めになられたのですか?

—【松本】1986年から2007年までですので、約21年ほど勤めていました。三洋電機を退職したあとは、グローリーに転職しました。42歳で初めての転職だったため、なかなか転職先が見つからず大変だったのを覚えています。

転職し、会社改革に挑む。目指すは知財3.0

—【松嶋】グローリーでも知財を担当されていたんですよね。三洋電機にいたころと、仕事内容は同じだったのですか?

—【松本】少し異なる部分もありましたが、大枠としては同じで、割り当てられた製品の特許に関する仕事をするという流れでした。ただ、グローリーは外部の弁理士に委託しているため、明細書を書くことはありませんでした。社内の人間として特許にする発明をピックアップして、弁理士のサポートをするのがメインの仕事でした。

—【松嶋】発明をピックアップするというと、具体的にはどのようなことをされていたのですか?

—【松本】設計者のアイデアを聞いて「競合他社は〇〇の特許を持っているから、異なる領域のここを攻めた方がいい」「ここの技術はもう少し工夫した方が特許を取得しやすいかもしれない」など、特許にするためのアドバイスをしていました。

—【松嶋】転職して、ご自身の中で何か変わったことはありましたか?

—【松本】私が転職した2007年当時、グローリーは知財を事業に活用しきれていない部分があったため「改革していかなくてはいけない」と強く思っていました。

というのも、当時のグローリーでは、特許を取得しても事業に活かされておらず、研究して特許を取得することが目的になっていました。

—【松嶋】手段の目的化が起こっていたわけですね。

—【松本】ええ。そこで、まずは権利行使できる特許を取得するところから始めました。他社が避けて通らないといけない権利にして、特許を事業に活かせるようにする。それを徹底していました。

とはいえ、当然ながら最初は誰もついてきてくれませんし、1人で動きだしました。そうするといい権利が出てくるようになり、少しずつ知財を事業に活用できるようになりました。今も少しずつ改善を進めている段階です。

—【松嶋】話をお伺いしていて、知財にもバージョンがあるんだなと思いました。例えば、1.0が「とにかく知財を取得する」、2.0が「どのような知財を取得するかが重要だと気がつく」、3.0で「事業をグロースさせるために知財をどのように活用するか考える」と分けたとすると、松本さんは会社が3.0に移行できるように動かれているのだなと。

—【松本】そうだと思います。言ってしまえば、2007年当時は日本社会が1.0から抜け出せていませんでした。多くの会社が同じような状態だったと思います。知財業界の変化なども受けて、少しずつ2.0、3.0に近づいてきているという感じです。

3.0が実現すれば、より良い事業を創出して会社をより成長させることができると思います。そのためには、現場だけでなく経営層を巻き込んでいく必要がありますし、私自身は今後も社内で知財の重要性を訴え続けていくつもりです。

知財と向き合い続けたからこそ感じる社会の変化

—【松嶋】今後挑戦したいことはありますか?

—【松本】先ほどの内容と重複してしまうのですが、会社側に知財の重要性をもっと理解していただけるように、何かしらのアクションを起こしていきたいです。

—【松嶋】知財の重要性が知られていないというのは、日本全体の課題でもあるのではないかと思いました。

—【松本】そもそも、知財部以外で、知財情報を事業に生かして成功している事例を知らない人が多いというのも関係しているのかもしれません。日本を代表する企業のなかには知財を活用して業界を盛り上げたり、自社の事業を拡大したりしている会社も少なくありません。

国内でいうと、某総合科学メーカーが特許を分析して新たな事業を立ち上げて売上を伸ばしているというのは有名な話ですね。こういった知財を活用した事業の成功事例を、社会全体にもっと広めていかなくてはいけないと思います。

—【松嶋】グローバルに目を向けると、GAFAMをはじめとして知財戦略を当たり前のように取り入れている会社が多いですし、日本もいつかはそういう動きが出てくるのでしょうか。

—【松本】そう信じていますし、日本としても過去と比べると良くなってきてはいます。私が知財の仕事をするようになってから約34年経っていますが、当初と比べると大きく変わったと思います。

先ほどのバージョンの話でいうと、現在は知財部を設置している会社の多くが2.0になってきていると思います。3.0に移行できている会社は一部の大企業に限られているかもしれませんが、みんなが1.0だった時代と比べると、大きな進歩です。

知財関連の仕事に携わっている者としては、勉強する範囲が広がって大変だとも思います。1.0の時代は発明の内容を理解できれば良かったのですが、2.0や3.0になると、ビジネスのことも把握しておく必要がありますから。

—【松嶋】全体を俯瞰する力が求められるようになってきていると。

—【松本】だからこそ、常に勉強しておかないといけません。大変ではありますが、知財を通して会社の役に立っていると実感できることは仕事のやりがいにもつながりますし、知財関連の仕事に携わる人間にとっても良いことなのではないでしょうか。

私は昨年に定年退職している身ですし「そんな立場からこういった発言をするのはどうなんだろうか?」とも思いつつ、ですが。

—【松嶋】やりがいというと、定年退職されてから、仕事との向き合い方に変化はありましたか?

—【松本】そうですね。定年退職して働き方が変わったことで、以前とは少し役割が変わっています。役職がついていて、部下に仕事を依頼していた時とは違って、今は自分自身で作業をしなくてはいけないことも増えました。特許分析ソフトを触ってみたり、分析したグラフを眺めて考えたり。どうやって成果を出していくのかを考えるのは大変ですが、仕事をするやりがいは感じられます。

KEYPERSONの素顔に迫る20問

Q1. 出身地は?

兵庫県です。

Q2. 趣味は?

今はゴルフですね。

Q3. 特技は?

特にはありません。

Q4. カラオケの十八番は?

最近はカラオケにあまり行かなくなりましたが、昔よく歌っていたのは、松山千春の『恋』です。

Q5. よく見るYouTubeは?

以前はゴルフレッスンの動画をよく観ていました。ただ、人によって言うことが異なるので、次第に「何を信じれば良いんや?」と思うようになり、最近はあまり観なくなりました。

Q6. 座右の銘は?

特にはありません。

Q7. 幸せを感じる瞬間は?

「使える特許ができた」ときです。

Q8. 今の仕事以外を選ぶとしたら?

職種は特にこだわりませんが、とにかく人に喜ばれる仕事がしたいです。

Q9. 好きな漫画は?

子どものころは『ドラえもん』が好きでした。

Q10. 好きなミュージシャンは?

エレファントカシマシの宮本さんが好きです。単身赴任で1年ほど赤羽に住んでいたことがあって、宮本さんの地元が赤羽だと知ってから、好きになりました。

Q11. 今、一番会いたい人は?

孫ですね。まだ生後半年くらいですので、人見知りをするようになる前に、たくさん会っておきたいなと思っています。

Q12. どんな人と一緒に仕事したい?

いろいろと提案してくれる人がいいのではないでしょうか。

Q13. 社会人になって一番心に残っている言葉は?

三洋電機に入社したばかりのころに先輩から言われた「仕事に性格を出したらアカン」という言葉です。

Q14. 休日の過ごし方は?

ゴルフをするか、孫に会いにいくかのどちらかです。

Q15. 日本以外で好きな国は?

どうでしょう……。やはり日本が一番いいと思います。

Q16. 仕事で一番燃える瞬間は?

何か依頼されて「頼むぞ」「期待しているぞ」と声をかけてもらったときです。

Q17. 息抜き方法は?

会社の同僚と飲みに行くとか、それくらいです。

Q18. よく使うアプリやサービスは?

某ファーストフードチェーンの公式アプリ。モバイルオーダーはすごく便利だと思いました。

Q19. 学んでいることや学んでみたいことは?

税金や老後の年金。その辺りは、一度勉強しなくてはいけないなと思っています。

Q20. 最後に一言

特に思い浮かびません(笑)。

知財は奥深く、面白い仕事

—【松嶋】松本さんは知的財産協会の役員もされていたんですよね。

—【松本】ええ。会社の仕事とは別で、3~4年ほど関西の電気業界の役員などで協会に関わらせていただきました。各企業の知財部の方を集めてセミナーを開催したり、知財活動に関する情報を共有したり。

実はゴルフをはじめたのは協会メンバーの影響です。私生活も含めて、協会ではさまざまな経験をさせていただきました。

—【松嶋】公私共に知財やその周辺にずっと携わってきた松本さんが思う「知財の面白さ」とはなんですか?

—【松本】知財って、ある意味では変な仕事というか。技術を理解した上で法律を扱い、その情報とビジネスを組み合わせていかなくてはいけない。

技術、法律、ビジネスのいずれか二つを組み合わせた仕事は珍しくないと思いますが、その三つを必要とされる仕事はそこまで多くありません。

そういった特殊な業界ですから、簡単な仕事ではありませんが、だからこそ面白い。知れば知るほど奥深い、面白い仕事だと思います。


【クレジット】
取材・構成/松嶋活智 撮影/原哲也 企画/大芝義信