自衛官から異色の転職。コンサルやアドバイザーなど、幅広い活躍で弁理士業界をリードする中辻史郎
INTERVIEWEE
中辻特許事務所 代表
中辻史郎
防衛大学校を卒業後、1981年より自衛隊に所属し、防衛大学校の修士課程の選抜試験に合格し修士課程を終了、防衛大学校理工学研究科の卒業時に選考され筑波大学社会工学研究科にて研究生として勤務。その後、陸上自衛隊での幹部学校などで教育を受ける。
1993年より中堅特許事務所に入所して弁理士としてのキャリアをスタートする。1999年より大手特許事務所に入所したのち、2010年より中辻特許事務所を創設し、所長弁理士として勤務。
弁理士とは:弁護士や税理士、行政書士と同じく、八士業に分類される職業の一つ。知的財産のスペシャリストとして「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」を取得したいクライアントのために、特許庁への手続きを代理することを主な仕事とする。知財の取得だけでなく、模倣品などのトラブルに関する相談も受け付けている。
特許権:程度の高い発明、技術的アイデア(例:歌唱音声の合成技術など)
実用新案権:発明ほど高度ではない小発明(例:鉛筆を握りやすい六角形にするなど)
意匠権:物や建築物、画像のデザイン(例:立体的なマスクなど)
商標権:商品またはサービスを表す文字やマークなど(例:会社のロゴなど)
弁理士として、コンサルタントや知財に関するアドバイザーなど、手広く対応している中辻史郎氏。もともとは自衛官として働いていたが、恩師の言葉をきっかけに弁理士業界に飛び込んだ。
66歳となった現在も第一線で活躍しており、「しばらく引退するつもりはありません」と力強く語る中辻氏の原動力はどこにあるのか。同氏が弁理士になるまでの経緯と、思い描く未来について話を伺った。
知財のことならお任せあれ!幅広い活躍を続ける弁理士
—【聞き手:松嶋、以下:松嶋】はじめに自己紹介をお願いいたします。
—【話し手:中辻 史郎氏、以下:中辻】弁理士の中辻史郎と申します。2000年に弁理士登録をして、現在は中辻特許事務所を経営しています。そこでは特許を中心に、意匠、商標など知財の出願をしているほか、相談なども受け付けています。また明星大学と東海大学の非常勤講師もしています。
—【松嶋】中辻特許事務所の経営と講師以外に、いくつかの企業でもお仕事をされていますよね。
—【中辻】ええ。大阪にある丸山法律事務所で知財に関する相談に乗っているほか、炭化装置の製造・販売を行っているSE-DASの社員でもあります。あとは福岡アジアビジネスセンターの登録アドバイザーとしても活動しています。
—【松嶋】SE-DASでは、どのようなことを担当されているのですか?
—【中辻】SE-DASでは知財戦略と知財業務を担当しています。他社の特許権の侵害回避、各国の特性やリスクを考慮したうえでの海外での権利取得も私の仕事です。
—【松嶋】福岡アジアビジネスセンターでは、どのようなことをされているのですか?
—【中辻】福岡アジアビジネスセンターはアジアを中心とした海外展開を目指す企業をサポートする組織であり、さまざまな分野のアドバイザーが在籍されています。その中の一人として、私は知財に関する相談にのったりアドバイスしています。
—【松嶋】中辻さんのように企業のコンサルティングをされている弁理士は少ないイメージがあるのですが、実際はどうなのでしょう?
—【中辻】弁理士の業務に企業のコンサルティングが明記されるようになったんです。そこから、若手の弁理士を中心に、企業のコンサルティングをする方が増えてきています。
—【松嶋】なるほど。とはいえ、大企業みたいに社内で知財を守る部署があるような会社は本当に一握りですよね。
—【中辻】そうですね。企業の方とお話ししていると「以前から知財は気になっていたが、弁理士に相談するのはハードルが高いと思っていた」と言われることがよくあります。まだまだそういった価値観が一般的だと思いますし、これから変えていかなければいけない課題ですね。特許を出願しなくてもできることはあるので、気軽にご相談していただけるようにしていきたいです。
—【松嶋】特許の出願以外でいうと、具体的にはどういったことをお願いできるのでしょうか?
—【中辻】例えばソフトウェアであれば、ライセンスを設定してビジネスとして成り立たせるようにアドバイスを受けることもできます。公開したくないノウハウを営業秘密として保護することも重要です。あとは著作権も重要なポイントですね。著作物だと認められた場合は、プログラムも著作権で保護される対象となるため、ソフトウェア事業をする上では他社の権利を侵害しないようにする必要があります。弁理士の多くは、他社の権利を侵害しないようにするための調査依頼も請け負っています。
恩師の言葉をきっかけに、自衛官から弁理士業界に飛び込む
—【松嶋】中辻さんは弁理士になる前に、別のお仕事をされていたそうですね。
—【中辻】ええ。防衛大学校を卒業して、陸上自衛官として働いていました。
高校を卒業したあとの進路については、いくつかの選択肢があったのですが、まずは大学に進学してスポーツをしたいと思っていたんです。防衛大学校は運動部への入部が義務だったため、本格的にスポーツに取り組めそうだなと思い、進学しました。
—【松嶋】ユニークな理由で防衛大学校を選ばれたのですね。とはいえ、なかなか狭き門だったのではないですか。
—【中辻】現在は違うかもしれませんが、私が学生の頃は入学するのが難しいというわけではありませんでした。
防衛大学校というと「訓練をメインに行う自衛隊の学校」だと思われていることが多いのですが、実は大学設置基準で定められ た単位を取得しなければならない普通の大学なのです。そこにプラスして訓練が入るという形です。私は野球部に入部して念願のスポーツもできましたし、楽しい大学生活だったと記憶しています。
—【松嶋】大学卒業後はそのまま自衛官に進まれたのですか?
—【中辻】ええ。ただ、通信という職種で福岡駐屯地で2年ほど働いたあとは、防衛大学校の修士課程に進みました。そこで2年間学んだあとに選抜され、筑波大学の大学院で情報科学について研究していました。
筑波大学の博士課程の研究生を2年勤めた後に自衛隊に戻り、幹部技術高級課程(上級幹部の育成を目的とした教育機関)に入校しました。
—【松嶋】出世ルートを歩まれていたのですね。そのあとは何をされていたのですか?
—【中辻】技術高級過程で1年学んだあとは、陸上自衛隊の通信システムを開発していました。しかし、34歳になったころに家庭の事情で退職せざるを得なくなってしまって……。自衛隊は転勤が非常に多いのですが、それが難しくなってしまったんです。それで、弁理士に転職することにしました。
—【松嶋】自衛官のときから、弁理士の仕事はご存じだったのですか?
—【中辻】いいえ。もともとは、弁理士という職種の存在すら知りませんでした。
弁理士の仕事を知ったきっかけは、防衛大学校の恩師の言葉です。自衛隊を退職すると報告したときに「自衛隊で育ててもらった恩返しをしなくてはいけないし、安易な転職は許さない。転職するのであれば、弁護士や弁理士として、社会に貢献する仕事をしなさい」と言われて。それで特許事務所に就職して、弁理士試験に向けての勉強を始めました。
—【松嶋】弁理士は士業の一つですし、合格率が10%未満と非常に難易度の高い試験だそうですね。どれほど勉強して合格されたのですか?
—【中辻】合格するまでに5年ほどかかってしまいました。当時は他の方も同じような年数がかかっていたのではないかと思います。ただ、現在は学歴によって免除になる試験もありますので、私の時ほど年数はかからないようになっているのではないでしょうか。
—【松嶋】晴れて弁理士の資格を取得されて、どのような経緯で独立することになったのですか?
—【中辻】まずは特許事務所で弁理士の仕事をしていたのですが、私が以前勤めていた事務所の所長のクライアントと、私のクライアントが特許で争う可能性が生まれたため、当時の事務所を退職して2010年に中辻特許事務所を立ち上げました。
過去に学んだことを活かし、弁理士業界を盛り上げる
—【松嶋】中辻さんが企業のコンサルティングや大学の講師などをされるようになったのは、いつくらいからなのですか?
—【中辻】50代半ばに差し掛かったころからですね。それまでは自分の事務所を守ることに尽力していました。一朝一夕でクライアントの信頼を得ることはできませんし、薄皮を積み重ねるようにコツコツと努力をしてきたつもりです。
ただ、50代半ばに差し掛かったころに、自分の人生を振り返って「このままでいいのかな」と思う瞬間があって。自分や周囲の人のためだけでなく、社会に恩返しをしていかなくてはいけないのではないかと思ったのです。そこから事務所の仕事以外に企業のコンサルティングをするようになり、そのタイミングで知人から大学で講師をしないかとお声がけいただきました。
—【松嶋】大学ではどのような講義をされているのですか?
—【中辻】知財について、いろいろとお話ししています。ただ話をするだけではつまらないと思うので、受講生をグループ分けしてグループごとに仮想的な企業を設定させ、その企業が取るべき知財の対策をまとめた資料を制作して発表してもらう、といったグループワークも取り入れています。ゲーム業界や音楽業界など、グループによって目をつける業界もさまざまで、講師としても見ていて面白いです。
—【松嶋】生徒からしても、学ぶことが多そうですね。
—【中辻】ええ。まずはその業界のビジネスのあり方について調べる必要がありますから。基本的なビジネスモデルだけでなく、最新の技術についても調べる必要がありますし、知財について学ぶことは、学生にとっても有益なのではないかと思います。近年は生成AIの発展を受けて著作権に関する社会の関心が高まっていますしね。
—【松嶋】ちなみに、社会人向けの講義などはされていないのですか?
—【中辻】行っていますよ。社員の方々に向けて、講義形式でその会社が取るべき対策についてお話しすることもあります。社内の人間としては踏み込みづらい領域があったとしても、第三者として客観的にお話しできるのが弁理士の強みかなと。その点を踏まえて、弁理士によるコンサルティングの機会は今後もっと増えていくのではないかと思います。
—【松嶋】“弁理士の強み”というよりは、中辻さん個人のスキルも強く影響しているのではないかと感じました。情報を整理しながら論理的にわかりやすく説明をするスキルは弁理士の仕事をする上で身についたものなのですか?
—【中辻】どうでしょうね……。先天的にそういったスキルを持っていらっしゃる方もいるでしょうが、私の場合は仕事をする上で身についたのだと思います。人と会話する時は「なぜこの人はこのような結論に至ったのか?どのような道筋を立てたのだろう」と考えるようにしていて、チャンスがあれば本人に「どのような思考過程を経て、その結論を導き出したのですか?」と聞くこともあります。それを繰り返すことで、さまざまな人の思考過程を追体験するんです。
—【松嶋】それによって、視野が広がり、思考力が深まる、と。
—【中辻】そうですね。やはり思考をする上で重要になるのは、物差しの多さだと思うんです。その量によって、アウトプットできる答えは変わっていくはず。こういった考えは、実は陸上自衛隊の考え方なんですよ。
—【松嶋】陸上自衛隊の考え方、と言いますと?
—【中辻】陸上自衛隊は思考過程を非常に大切にします。結論ではなく、どのような思考過程を経たのか、その点を重要視しているんです。思いつきのアイデアがあったとしても、その場の感情で賛同することはできませんし、結論を出すには客観的事実をもとに考える必要があります。
主観的な主張は意見として受け止め、客観的な事実と照らし合わせて判断する。そういった思考力は、知財について考える時にも役立っていると感じています。
KEYPERSONの素顔に迫る20問
Q1. 好きな漫画は?
子どものころに読んでいたものでよければ、ちばあきお先生の『プレイボール』や『キャプテン』が好きでした。凡人が努力して花開いていくというストーリーに感動したのを覚えています。
Q2. 人情派? 理論派?
弁理士としては理論派の方が良いのかもしれませんが、人情派だと思います。
Q3. パン派ですか? ライス派ですか?
ライス派です。
Q4. 都会と田舎のどちらが好きですか?
田舎に憧れる気持ちもありますが、どちらかというと都会が好きですね。田舎育ちなもので、田舎の不便さを身に染みて知っていますので。
Q5. 保守的? 革新的?
私はどちらかというと保守的だと思います。ただ、それではダメだと思う気持ちもあり、革新的に憧れていますし、そうなれるように努力もしています。
Q6. 好きなミュージシャンは?
雑食なので国内外を問わずいろいろと聴きますが、一つ選ぶとしたらハロー!プロジェクト関連は好きですね。
Q7. これまでに仕事でやらかした一番の失敗は何ですか?
クライアントにご迷惑をかけるなど、反省すべきことは山ほどあります。特に、お客様との議論に熱中してより良い案を模索するときに、周りを見えなくなるのが反省点です。
Q8. 犬派? 猫派?
100%犬派です。夜遅くに帰って家族が寝ていても、犬は必ず出迎えてくれるので(笑)。
Q9. 現実派? 夢見がち?
現実派だと思います。
Q10. 今、一番会いたい人は?
すでに亡くなられていますが、ソニー創業者の井深大さんです。井深さんは、もともと弁理士をされていた方なんですよ。常に先を読む姿勢は、心から尊敬しています。そのほか松下幸之助さんなど、日本の発展に貢献した経営者の方々のお話を聞いてみたいです。
Q11. 仕事道具でこだわっているのは?
iPad miniですね。サイズ的にもちょうど良くて、メモを取るときや調べ物をするときには、必ず使用しています。10月の新作発表でiPad mini7が発売されたので、買い替えを検討しているくらいお気に入りです。
Q12. どんな人と一緒に仕事したいですか?
思考過程や価値観が自分と違う方ですね。同じ思考の人間ばかりが集まっても、議論は発生しないと思うんです。意見が対立するからこそ議論が起こり、新しいアイデアが出てくると思うので、自分とは異なる意見を持つ人と仕事をしたいです。
Q13. 社会人になって一番心に残っている言葉は?
広く知られている言葉ですが、「死ぬこと以外はかすり傷」です。
Q14. 休日の過ごし方は?
のんびりと過ごすことが多いのですが、1~2ヶ月に1回ほどのペースでテニスやゴルフなどの運動をするようにはしています。
Q15. 好きな国はどこですか?
日本です。
Q16. 仕事の中で一番燃える瞬間は?
より良い結論を導き出すために、議論をしているときですね。特に弊社の顧問である高垣とは頻繁に議論をしています。彼は心置きなく話せる信頼できる友人なのですが、私とは全く考え方が違うため議論が白熱しがちで、周りから見ると喧嘩しているように見えているかもしれません(笑)。
Q17. 息抜き方法は?
YouTubeを見ることですね。あと最近はAbemaTVで『M.LEAGUE(麻雀プロリーグ戦)』も見ています。
Q18. 好きなサービスやアプリは?
特に思いつきませんが、強いて言うならYouTubeでしょうか。
Q19. 学んでみたいことは?
Web3や生成AIなど、最新の技術についてもっと学びたいです。ネットでも一定の情報を手に入れることはできますが、実際に自分が使用してみないことには知識が定着しないので。もっと踏み込んで勉強したいですね。
Q20. 最後に一言
私にとって、弁理士の仕事は天職です。知財はとても面白い業界ですし、優秀な若い方にどんどん入ってきていただきたいです。
生涯現役!後輩をサポートしながら業界の発展に貢献
—【松嶋】先ほど「弁理士によるコンサルティングの機会は今後もっと増えていくのではないか」という発言がありましたね。今後、弁理士業界はどのように変化していくと思われますか?
—【中辻】業界の変化でいうと、そもそも私が弁理士試験に合格したのは1999年11月のことで、当時は弁理士が3,000~4,000人ほどしかいませんでした。しかし、現在は約12,000人にまで増えています。
弁理士の数は25年で4~5倍ほど増えているのにも関わらず、出願件数は変化していないため、競争が激しくなっています。その流れは、今後もより強くなっていくでしょう。このような競争の中で、弁理士はプラスαのサービスを指向するはずです。その流れがコンサル、そして付加価値をいかに付けるかという話しに繋がると思います。
—【松嶋】競争がより激しくなっていくと。改めて考えると、弁理士というのは資格を取得するのも継続するのも難しい仕事ですよね。
—【中辻】そうですね。仕事を獲得するための競争も激しいですし、5年に1度の継続研修を通じて、自分自身のスキルアップもします。時代に取り残されず、有能な弁理士としてのキャリアを維持するには、継続的な努力が必要です。
ただ、とても難しい面がある一方で、非常にやりがいを感じられる仕事でもあります。最先端の技術の発明者と対話するというのは、本当に貴重な経験ですし、とても面白い仕事だと思いますよ。
—【松嶋】中辻さんにとって、弁理士は天職だとおっしゃっていましたものね。最後に、今後の展望についてもお話しいただけますか。
—【中辻】自分よりも後輩の方々には、私や同年代の弁理士たちを踏み台にして、業界をより良いものにしていただきたいです。私自身も先輩方にいろいろ教えていただいてきていますし、言い方は悪いかもしれませんが、先輩を踏み台にしてきたつもりでいます。
その上で、私個人としては、これからもできる範囲でさまざまなことに挑戦し続けるつもりです。妻からは「人生の最後を迎えるまで仕事をしなさい」と言われていますので(笑)。しばらく引退するつもりはありませんし、将来を担っていく方々(後輩)をサポートする立場として、できることをしていきたいですね。
—それに、私が何かに挑戦して失敗するようなことがあっても、後輩の方々がその例を参考にして新しい仕組みをつくってくださるなら、それで良いと思うのです。どのような形であっても、弁理士業界をより良いものにしていくことに貢献できるなら本望です。もちろん、そう簡単に負ける気はありませんけどね(笑)。
【クレジット】
取材・構成/松嶋活智 写真/原哲也 動画/渡邊一馬 企画/大芝義信