「知財戦略はスタートアップ成長の鍵」弁護士兼弁理士・山本洋介が追求するプロフェッショナリズムとは
INTERVIEWEE
株式会社インテグリティ・ヘルスケア 弁護士・弁理士
山本洋介
2011年弁護士登録後、法律事務所に勤務。2016年に組織内弁護士に転向し、プライム上場のSier企業での法務責任者を経て、現在はオンライン診療や分散型治験などのサービスを中心とする医療IT系スタートアップに所属。グループ全体の法務に関連する業務に加え、情報セキュリティ部門のマネジメント、内部監査など幅広く対応する。また、他のスタートアップ企業に対して知財戦略など幅広いアドバイスも行っている。
弁理士とは:弁護士や税理士、行政書士と同じく、八士業に分類される職業の一つ。知的財産(知財)のスペシャリストとして「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」を取得したいクライアントのために、代理して特許庁への手続きを主な仕事とする。知財に関する権利の取得だけでなく、模倣品などのトラブルに関する相談も受け付けている。
特許権:程度の高い発明、技術的アイデア(例:歌唱音声の合成技術など)
実用新案権:発明ほど高度ではない小発明(例:鉛筆を握りやすい六角形にするなど)
意匠権:物や建築物、画像のデザイン(例:立体的なマスクなど)
商標権:商品またはサービスを表す文字やマークなど(例:会社のロゴなど)
社会が多様化するなかで、弁護士の働き方も変わってきている。最近は、法律事務所に所属したり個人事務所を立ち上げたりするのではなく、インハウスローヤー(企業内弁護士)として、企業に就職して働く弁護士が増えているのだとか。
山本洋介氏は、日本ではまだ少数派のインハウスローヤーとして、企業に勤めている弁護士だ。大企業から転職して、2024年4月よりメディカルスタートアップにて勤務している。同氏は弁理士登録もしており、現在は知財戦略について勉強しているところだという。
そもそも、なぜ弁理士として登録しようと思ったのか?学生時代のエピソードを含めて、過去から未来の展望まで、話を伺った。
挑戦機会の多い環境を求めて、大企業からスタートアップに転職
—【聞き手:松嶋、以下:松嶋】はじめに自己紹介をお願いいたします。
—【話し手:山本 洋介氏、以下:山本】株式会社インテグリティ・ヘルスケアの山本洋介と申します。インテグリティ・ヘルスケアはオンライン診療システム「YaDoc」をはじめとした医療ヘルスケア領域でサービスを提供しているメディカルスタートアップです。
私はインハウスローヤー兼弁理士として、「法務」「知財」「情報セキュリティ」といった3つの領域において社内全体のリスクコントロールを担うリスク統括グループのグループ長も務めています。
—【松嶋】アメリカはインハウスローヤーが多い印象がありますが、日本ではまだ少数派ですよね。
—【山本】少数派ではありますが、最近は国内でも増えてきているんですよ。大手企業だけでなく、スタートアップでも初期フェーズから弁護士を採用しているところがあるそうです。
—【松嶋】なるほど。山本さんも司法修習後はすぐに一般企業に就職されたのですか?
—【山本】いいえ。2011年に弁護士登録されたあと、5年ほど法律事務所で経験を積みました。その後、上場しているSIer企業でインハウスローヤーとして法務全般を担当していました。当時はまだ弁理士の資格を取得していなかったのですが、外部の弁理士の方に協力いただいて出願対応をしたり、システムを開発する上で他社の特許権を侵害していないか調査したりと、特許に関する仕事もしていたんですよ。
—【松嶋】上場企業ということは、今よりも規模の大きい会社だったのでしょうか?
—【山本】そうですね。連結従業員数でいうと3500人ほどだったと思います。
—【松嶋】大手の企業からスタートアップに転職された理由は何だったのでしょうか。
—【山本】スタートアップの方が挑戦機会が多いのではないかと考えたんです。大きい会社は制度が整っていますし、しっかり分業化されているため、知財部であれば知財に関する仕事しかできませんよね。
スタートアップの場合は、制度が整っていない分、全て対応しないといけない。大変なことではあるのですが、そちらの方が面白いなと。それで、スタートアップに絞って転職活動をしていたのです。
—【松嶋】インテグリティ・ヘルスケアへの就職を決意された理由が気になります。
—【山本】面接を通してとても誠実な会社だとわかりましたし、何より経営理念に共感したからです。
あとは代表取締役会長であり、現役の医師でもある武藤さんの人間性に惹かれたというのも大きいですね。実は複数社から内定をいただいていたのですが、最終的にはインテグリティ・ヘルスケアを選びました。
家族の応援を力に猛勉強の末、司法試験に合格
—【松嶋】もともと弁護士を目指されたきっかけは何だったのでしょうか。
—【山本】一番最初に法律の世界に興味を持ったのは、小学生の時ですね。大学の法学部の教授を招いて話を聞くという授業があり、その時に「法律やルールって面白いな」と思ったんです。
—【松嶋】それがきっかけで、弁護士を目指すことにされたのですか?
—【山本】いいえ。法律への興味はあったものの、中学、高校までは理系でした。
そこから進学先を決めなくてはいけない時期に入って、家族に相談したら、父から「法学部は面白いよ」とアドバイスされて。法律に関する興味もあったため、法学部に進むことにしました。
—【松嶋】学生のころは、弁護士を目指していたというよりは、法律への興味が強かったんですね。
—【山本】そうですね。あとは、母方の祖父が町議会議員で、横領事件に巻き込まれた際に弁護士にお世話になったことがあるらしく「弁護士になりなさい」と後押ししてくれていたのも大きいですね。
余談ですが、警察官だった父方の祖父からは「仕事にするなら検察官がいいよ」と言われていました。
—【松嶋】家族の意見が少し割れていたのですね(笑)。
—【山本】ええ(笑)。ただ弁護士と検察官のどちらを目指すにしても法科大学院に進まないといけませんし、どちらも熱く応援してくれていましたね。そういった背景もあり、まずは法学部に受かることを目標にして勉強を頑張っていました。
—【松嶋】無事に法学部に進学されていかがでしたか。法曹の世界を目指すとなると、在学中も勉強が大変だったのでは?
—【山本】勉強は大学でも頑張っていましたね。ただ勉強で本当に大変だったのは、法科大学院に進学してからです。受験勉強や大学にいたときと比べて、勉強量がグッと増えました。
—【松嶋】司法試験というと、最難関の資格試験ですものね。
—【山本】大変でしたが、そこで頑張ったおかげで、なんとか司法試験に合格することができました。そのあと、司法修習を経て、64期として2011年から法律事務所で弁護士としての活動をスタートしたという流れですね。
ある人からの言葉をきっかけに、弁理士に登録
—【松嶋】山本さんは弁理士としても登録されているのですよね?
—【山本】ええ。インテグリティ・ヘルスケアへの転職が決まって、引き継ぎなどが終わって時間に余裕があった時に実務研修を受けました。(※1)
—【松嶋】山本さんのように、弁護士として活動しながら弁理士の資格も取る方は多いのでしょうか?
—【山本】私の周囲には1人いますが、弁護士全体で考えると少数派だと思います。
—【松嶋】山本さんは、なぜ弁理士登録されようと思ったのですか。
—【山本】前職で知財の出願などをお願いしていた弁理士の先生の影響が大きいですね。インハウスローヤーとして働くようになってから知財に関する業務の比重が大きくなり、その先生にいろいろと教えていただきながら仕事をしていたんです。
そこで「知財についてもどんどん触れていった方が絶対面白いと思うし、弁理士登録してみたら?」とアドバイスいただいて。それを聞いて、挑戦しようと思ったのがきっかけです。
—【松嶋】弁理士登録してみて、いかがでしたか。
—【山本】登録して良かったなと思います。というのも、会員向けのセミナー資料や研修資料など、弁理士の資格を所有していないとアクセスできない情報源がたくさんあるんです。
ネットで調べるのには限界がありますし、一次情報のような貴重な情報源にアクセスできるようになったのは、とてもメリットが大きいと思います。知財を事業に生かすための戦略を考える際にも、非常に役立つのではないかと。あとは外部の弁理士との共通言語ができたというのも大きいですね。
—【松嶋】弁理士登録したことで、仕事がよりスムーズに進められるようになったと。
—【山本】そう思います。会社側からは「会社としてもプラスになるし、知財に関する知見を深めてほしい」と言っていただいていますし、個人的にも知財についてもっと勉強していきたいですね。
—【松嶋】ちなみに、弁理士と弁護士で知財に対する観点の違いはあるのでしょうか。
—【山本】どうでしょう……。私個人の意見ではあるのですが、弁理士は権利化を重視しているイメージがありますね。弁護士の場合は、知財周りの契約に関する比重が大きいように思います。前者は知財に特化した高い専門性を持っていて、後者はゼネラリスト的な役割なのではないかと。
—【松嶋】なるほど。確かに弁護士は幅広い知識が求められますよね。
—【山本】そうですね。知財関連における弁護士の仕事でいうと、弁理士、会計士との調整担当でもあるんです。知財の金銭的な価値を考えるのは会計士の領域ですし、権利関係の影響がどこまでに及ぶのかを考えるのは弁理士の領域、それらを踏まえて法的な知識を生かして権利化の範囲を調整するのが弁護士の領域です。
私が弁理士資格を持っていることで、共通言語ができるため、業務がスムーズに進められるのではないかと考えています。
※1…弁護士資格がある場合は、実務研修を受けることで弁理士登録が可能となる。
KEYPERSONの素顔に迫る20問
Q1. 好きな漫画は?
漫画はいろいろ読んでいて、特に好きなのは『鬼灯の冷徹』ですね。
Q2. 人情派? 理論派?
人情派です。
Q3. パン派ですか? ライス派ですか?
ライス派です。何とあわせてもおいしいですよね。
Q4. 都会と田舎のどちらが好きですか?
都会の人混みがあまり得意ではないので、田舎が好きです。
Q5. 保守的? 革新的?
あまり踏み込んだことはしない方ですし、保守的だと思います。周囲からは「挑戦的だね」と言われることもあるのですが、「保守的だからこそ、あえて革新的なことをやろうとしている」という感覚に近いのかもしれません。
Q6. 好きなミュージシャンは?
アンジェラ・アキが好きです。
Q7. これまでに仕事でやらかした一番の失敗は何ですか?
転職が決まって仕事を引き継いだ際に、一部の情報を伝え忘れてしまっていて、進行を遅らせてしまったこと。
Q8. 犬派? 猫派?
猫です。小さい時に犬に噛まれたことがあって、犬は少し怖いですね。
Q9. 現実派? 夢見がち?
どちらでしょう。現実派かな。
Q10. 今、一番会いたい人は?
祖父ですね。司法試験の合格発表の前に亡くなってしまったので、直接会って「弁護士になれたよ」と伝えたいです。
Q11. 仕事道具でこだわっているのは?
文章を打つことが多いので、キーボードとマウスにはこだわっています。色々と試した結果、現在はロジクールの一番ハイエンドのものを使用しています。
Q12. どんな人と一緒に仕事したいですか?
誠実かつスマートな方ですね。まさに今の上司がそうで、面接で上司とお話ししたことが入社を決意したきっかけでもあります。
Q13. 社会人になって一番心に残っている言葉は?
司法研修所を卒業する前に弁護教官から言われた「君たちはもうプロなのだから、一生勉強を続けることになるんだよ。それで食べていかなくてはいけないのだから。」という言葉です。
Q14. 休日の過ごし方は?
休日は子どもと遊ぶことが多いです。ゲームをしたり、外に遊びに行ったり。
Q15. 好きな国はどこですか?
海外旅行で一度だけ行ったフランスが好きです。街並みや雰囲気がとてもステキだなと思ったのを覚えています。
Q16. 仕事の中で一番燃える瞬間は?
トラブルが発生した時。トラブルを解決するのは、弁護士の専売特許ですからね。
Q17. 息抜き方法は?
読書。最近は経済学や心理学の本をよく読んでいます。あとはコードを書くのも好きですね。息抜きとは異なりますが、業務を自動化するためにコードを書くこともあります。
Q18. 好きなサービスやアプリは?
Googleのサービス全般ですね。必要なツールが一通り揃っていて、使い勝手も良いなと。
Q19. 学んでみたいことは?
組織について学びたいなと考えています。
Q20. 最後に一言
知財は情報に対する権利です。その権利をいかに守るのか、もしくはその権利をいかにお金という価値に変えていくのか。考えることも多いですし、とても面白い分野だと思います。
プロフェッショナルを目指し、知財戦略に挑み続ける
—【松嶋】山本さん個人としての今後の展望についてお話いただけますか。
—【山本】一番の目標は、会社の知財戦略を成功させることです。たとえばパテントマップ(特許の情報を分析して視覚化したもの)などを作成して、どのような知財戦略を取るべきなのかを経営陣に提言できるようになりたいなと。ある程度見えているものもあるのですが、まだうまく言語化できていなくて……。説得するためのロジックをどのようにして積み上げるかが、現在の課題でもあります。
—【松嶋】現時点で、知財戦略がうまく行っているスタートアップというと、どこかあるのでしょうか。
—【山本】現時点ではまだ少ないのではないでしょうか。社内の体制が整っていない会社の方が多いように思います。
ただ、大企業と比べて意思決定のスピードが早いことがスタートアップの強みですし、そこに知財戦略が加われば、会社として大きく成長できると思うんです。例えば、画期的なサービス、技術をつくることができたとしても、資金力のある大企業に模倣されたら、スタートアップに勝ち目はありませんよね。そういったことを防ぐためにも知財戦略は重要ですし、会社として飛躍するための鍵と言っても過言ではないと考えています。
—【松嶋】確かに。初期段階で知財戦略をしっかりと立てていれば、大きく成長できたであろうスタートアップは少なくありませんよね……。
—【山本】現状では知財の重要性が、社会にあまり浸透していないのも、そういったケースの原因の一つなのではないかと思っていて。
少し話が外れてしまうのですが、弁護士会のプロボノ活動の一環として、LINEでの子ども向け相談に参加しているんです。そこで、最近は「違法アップロードの動画を見てしまったけれど大丈夫なのか」「ゲーム配信をしても大丈夫か」など、著作権に関する相談が多いんですね。
これだけ知財に囲まれて生活をしているのだから、教育機関で子どもの頃から知財に関する授業を受けられるようになれば良いな、と思いますね。
—【松嶋】知財の領域は、まだまだ変えていくべきところがたくさんあるということですね。
—【山本】そうですね。知財はとても面白い分野でもありますし、もっと社会に浸透していって欲しいです。
—【松嶋】山本さんが知財の領域における開拓者として活動されることを期待しています。
—【山本】ありがとうございます(笑)。知財戦略のスペシャリストとして、会社のリスクマネジメントを任せていただけるようなプロフェッショナルになることを目指して頑張ります!
【クレジット】
取材・構成/松嶋活智 撮影/原哲也 企画/大芝義信