特許権の海外での効力

日本の特許権は海外でも効力がある?海外進出の注意点を弁理士がわかりやすく解説

特許権の海外での効力については、誤解が少なくありません。特許権の効力について誤解があるまま海外に進出してしまうと、多大な不利益を被るおそれが生じます。

では、日本で取得した特許は、海外でも効力を有するのでしょうか?また、海外で効力を有する特許を取得するには、どのような手続きをとる必要があるのでしょうか?

今回は、特許権の海外での効力や海外で特許を受ける方法などについて、弁理士が解説します。

日本で取得した特許は海外では効力がない

大前提として、日本国内で取得した特許の効力が及ぶ範囲は、日本国内においてのみです。日本で特許を取得したからといって、これが全世界で通用するわけではありません。

特許制度は国ごとに異なる制度で保護される属地主義であり、中国で保護を受けたいのであれば中国の制度に従って登録を受ける必要があり、アメリカで保護を受けたいのであればアメリカで登録を受ける必要があります。

海外進出を予定している場合には、この点をよく理解しておきましょう。

日本の特許だけを取得した場合に生じ得るリスク

日本の特許だけを取得して海外での特許を取得しなかった場合、どのようなリスクが生じるのでしょうか?ここでは、生じ得る主なリスクについて解説します。

  • ・海外で模倣品が製造・販売される
  • ・模倣品に対して有効な法的措置を講じられない
  • ・安価な模倣品に抗できず市場撤退を余儀なくされる

海外で模倣品が製造・販売される

日本で特許を受けた場合、その発明は特許庁から公開され、誰もが見られる状態となります。つまり、その発明内容は海外企業からも確認できるということです。中国などは、日本特許庁の電子図書館で公開される出願公開公報、特許公報を注視していると言われています。このため、日本国内で特許を取得した一方で海外で特許を受けていない場合には、公開された内容をもとに技術が模倣されるリスクが生じます。また、特許を受ける前の段階でも、出願内容は出願公開制度により公開されるため、この点のリスクもあります。なお、これは自社が海外進出をする場合に限られるリスクではなく、海外に進出していなかったとしても生じ得るリスクです。実際に、日本国内でしか販売されていない製品に使われている特許技術が、中国などで模倣され流通するケースは少なくありません。

ただし、海外進出をすることで自社の存在や発明を実施した製品の存在を海外の企業が知る機会が増えるため、海外進出をすることで模倣リスクがさらに高まるといえるでしょう。

模倣品に対して有効な法的措置を講じられない

日本で特許を受けた場合、日本国内での侵害行為については、差止請求や損害賠償請求などの法的措置をとることができます。また、故意に模倣した場合には刑事罰の対象ともなり、模倣の強い抑止力となっています。

一方で、特許権を受けていない国での模倣については、有効な法的措置をとることができません。たとえば、日本だけで特許を受けた発明が中国で模倣され流通していたとしても、これを辞めさせたり損害賠償請求をしたりすることは難しいということです。

安価な模倣品に抗できず市場撤退を余儀なくされる

海外で模倣品が流通してしまった場合、その国への進出が困難となったり撤退を余儀なくされたりするおそれがあります。なぜなら、自社が技術開発にコストを投じている一方で、模倣品を製造する企業はそのコストを投じていない分、安価に製造できる可能性が高いためです。

その結果、「安い侵害品」に顧客が流れ、価格で対抗できない自社は十分な収益を得られない事態となるおそれがあります。

海外で効力のある特許を取得する2つのルート

海外で効力を有する特許を取得するには、どのような方法で出願すればよいのでしょうか?ここでは、海外で特許を取得する2つのルートについて概要を解説します。

  • ・直接出願
  • ・PCT国際出願

直接出願

海外に特許を出願する基本の方法は、直接出願です。国ごとに異なる出願様式に従って、現地の言語で出願します。出願後は、出願をしたそれぞれの国において審査がなされ、その国で特許を受けられるか否かが決まります。

各国に出願する必要があり手間がかかるため、出願する国が少数である場合や、次で紹介するPCT国際出願が使用できない場合にのみ検討される出願方法といえるでしょう。

PCT国際出願

海外へ特許出願をする際に多く用いられている方法は、このPCT国際出願です。

PCT国際出願とは、日本の特許庁に対して国際的に統一された様式による出願書類を1通作成提出することで、PCT加盟国である複数の国に同時に出願した効果を生じさせる制度です。その後は各国の国内への移行手続きをとり、各国の国内において審査がなされます。

直接出願と比較して、PCT国際出願には多くのメリットがあります。PCT国際出願の主なメリットは次のとおりです。

  • ・出願手続きが簡素である
  • ・優先日から30か月の猶予期間がある
  • ・発明を評価する調査結果が入手できる

出願手続きが簡素である

PCT国際出願は、日本の特許庁に一つの様式を提出することで複数の国に出願でき、国ごとに異なる様式を調べたり作成したりする必要がありません。また、出願する国がどこであっても、日本の特許庁が指定する言語(日本語または英語)で出願できます。

優先日から30か月の猶予期間がある

PCT国際出願をすると、まずは国内で方式審査がなされ、その後各国の国内移行手続きを経て各国への審査に移ります。なお、国内移行手続きでは、翻訳文の提出と手数料の支払いなどが必要です。

この国内移行手続きは、PCT国際出願の出願日から30か月以内に行えば問題ありません。この期間内に国内移行手続きをすることで、出願日も維持できます。

30か月という長い猶予期間が設けられているため、この間に特許性を判断したり各国の市場動向の変化や技術の見極めをしたりして、最終的に権利化を進める国を選定できます。

たとえば、PCT国際出願をして出願日を確保したうえで、権利化を検討しているアメリカ国内と中国国内での技術動向などを見極め、中国の市場が魅力的ではないと判断した場合にはアメリカにおいてのみ国内以降の手続きをとることができるということです。

この場合には中国の国内移行手続きの手数料や翻訳料、登録料などの支出は不要となるため、市場性の薄い国での権利維持にコストをかけずに済みます。30か月の猶予期間があることから、各国の国内移行手続きをするか否か余裕をもって判断しやすいといえるでしょう。

発明を評価する調査結果が入手できる

PCT国際出願をすると、特許審査官により一定の審査がなされ、その結果が入手できます。入手できる報告書は、それぞれ次のとおりです。

  • ・その発明に関する先行技術があるか否かを調査する「国際調査」の結果:「国際調査報告」
  • ・新規性や進歩性など、「特許性」を満たしているか否かの結果:「国際調査機関の見解書」

これらは自社の発明について特許審査官の視点で評価されたものであり、自社が次のアクションを検討する非常に有用な材料となります。たとえば、この結果を踏まえて補正をするか否かや、各国への国内移行をするか否かなどが検討できるでしょう。

海外で効力のある特許を取得するための注意点・ポイント

海外で効力のある特許を取得するためには、どのような点に注意する必要があるのでしょうか?最後に、海外への特許出願の主な注意点とポイントを4つ解説します。

  • ・新規性・進歩性の判断は全世界が対象である
  • ・「全世界特許」は存在しない
  • ・PCT国際出願であっても、審査は国ごとに行われる
  • ・海外の特許制度にくわしい弁理士のサポートを受けるのがベターである

新規性・進歩性の判断は全世界が対象である

1つ目は、新規性・進歩性の判断は全世界が対象であることです。

特許を受けるには、新規性要件や進歩性要件を満たさなければなりません。新規性要件とは、出願前に公知となっていないことです。出願前にその発明を実施した製品が一般販売されていたり、発明が報道や論文などで公表されていたりすると、この新規性要件を満たしません。

一方、進歩性要件とは、出願時点で公知となっている情報をもとに、その分野において通常の知識を有する者が容易に発明できたものではないことです。なお、例えば米国では、この要件は非自明性(nonobviousness)と呼ばれ、日本とは若干異なります。このように、国ごとに異なる点も注意を要します。

これらの審査は、全世界が対象であることに注意しなければなりません。つまり、日本で特許を出願してその発明内容が公表されてしまえばその時点で新規性要件や進歩性要件を満たさなくなり、その後は海外へ出願をしても登録を受けられないのが原則であるということです。

しかし、自国で出願したことをもって他の国に出願できないとなれば、これは酷でしょう。そこで認められているのが「パリ優先権」です。

日本国内への出願から海外への出願までの期間が1年以内である場合には、パリ優先権を主張することで、他国への出願日が日本国内への出願日と同日であったとして取り扱いを受けることが可能となります。

たとえば、日本国内に2024年11月1日に出願し、その後アメリカに2025年10月1日に出願したとしても、アメリカへの出願は2024年11月1日であったとして取り扱われるということです。そのため、パリ優先権の主張ができる場合には、日本への出願による新規性の喪失などは問題とはなりません。

パリ優先権は、直接出願の場合であってもPCT国際出願であっても主張が可能です。また、PCT国際出願の場合には出願後に各国の国内移行手続きを取る必要があるものの、この国内移行手続きは日本での出願から30か月以内に行えばよく、さらに長い猶予期間が設けられています。

「全世界特許」は存在しない

2つ目は、「全世界特許」のようなものは存在しないことです。

PCT国際出願を全世界特許であると誤解しているケースも散見されますが、これも全世界特許ではありません。PCT国際出願では出願は日本の特許庁に対してまとめて行うことができるものの、出願する国を個々に指定して行うものです。

また、次で解説しますが、その後の審査は国ごとに、その国の基準によって行われます。つまり、たとえばPCT国際出願によりアメリカと中国に出願した結果、「アメリカでは特許が取得できたものの、中国では取得できなかった」という事態もあり得るということです。

PCT国際出願では「入口」が一つになるだけであり、これも全世界特許ではないため、誤解のないようご注意ください。

PCT国際出願であっても審査は国ごとに行われる

3つ目は、PCT国際出願の審査は、国ごとに行われることです。

PCT国際出願について、「日本の特許庁に複数国分の出願をしたあと、日本の特許庁が一括して審査をする」といった誤解が散見されます。しかし、PCT国際出願であっても、審査を行うのは出願をしたそれぞれの国の特許庁にあたる官庁であり、どこかの機関が一括して審査をするわけではありません。

海外の特許制度にくわしい弁理士のサポートを受けるのがベターである

海外への特許出願は、日本国内への出願よりも手続きが煩雑であるうえ、注意点も少なくありません。

また、自社の経営の礎となる権利を取得するためには、海外の出願状況や審査基準などを踏まえ、的確な内容で出願する必要があります。せっかく特許が取得できても、その内容に過不足があれば、権利を守り切れなかったり使い勝手の悪い権利となってしまったりするおそれが生じます。

海外への的確かつスムーズな特許出願をするためには、海外の特許制度にくわしく、かつ戦略的思考を持った弁理士によるサポートが不可欠です。海外で効力を有する特許の取得をご検討の際は、海外進出の知財戦略にくわしい弁理士へご相談ください。

まとめ

日本で取得した特許の海外での効力や海外への出願方法、海外で特許を取得したい場合の注意点などについて解説しました。

特許制度は属地主義がとられており、日本で取得した特許が効力を有するのは日本国内においてのみです。発明について海外で保護を受けるには、保護を受けたい国の制度に従って出願し、特許を受けなければなりません。

海外に特許を出願する方法には、直接出願とPCT国際出願の2つが存在します。それぞれの違いや概要を理解したうえで、適切な手続きを選択するとよいでしょう。

海外での特許取得には戦略が不可欠であり、戦略のないまま出願すれば無駄な特許を取得してしまったり、発明について十分な保護が受けられなかったりする事態となりかねません。そのような事態を避けるため、海外で効力を有する特許の取得をご検討の際は、戦略的思考を有する弁理士へご相談ください。