
【2025】知財リスクマネジメントとは?4つのリスク別の方法と流れを弁理士が解説
すべての企業は、知財リスクと無縁でいることはできません。ビジネスを展開するにあたっては、多かれ少なかれ知財リスクが付いて回ります。そのため、自社の事業内容や保有している知財の内容、将来展望を踏まえ、適切な知財リスクマネジメントを講じる必要があります。
では、知財リスクにはどのようなものがあり、それぞれのリスクはどのようにマネジメントすればよいのでしょうか?また、知財リスクマネジメントは、どのような手順で進めればよいのでしょうか?
今回は、知財リスクマネジメントの概要や主な知財リスクを紹介するとともに、それぞれの知財リスクの代表的なマネジメント方法などについて弁理士が解説します。
知財リスクマネジメントとは
知財リスクマネジメントとは、知的財産にまつわるリスクを特定・評価して対策を講じることで、リスクをコントロールすることです。知的財産とは人の創造的活動によって生み出される財産的価値を持つ無体物を指し、特許権や実用新案権、意匠権、商標権などがこれに該当します。
リスクマネジメントの手段は、リスクを回避することだけではありません。リスクが顕在化した際の損失を低減することや保険などによってリスクを移転することなども、リスクマネジメント手法の一つです。
すべてのリスクを回避できれば望ましいと考えるかもしれませんが、一般的に、リスクの回避はリターンの放棄を意味します。そこで、リターンとリスクのバランスを考慮し、リスクをマネジメントすることとなります。
知財リスクマネジメント1:他社の知的財産権を侵害するリスク
ここからは具体的な知財リスクを紹介しつつ、それぞれのリスクに対する代表的なマネジメント手法を解説します。代表的な知財リスクの1つ目は、他者の知的財産権を侵害するリスクです。
リスクの概要
他者の知的財産権を侵害するリスクとは、他者が権利を有する特許権や商標権などの知的財産権を自社が侵害するリスクです。
特許権や実用新案権、意匠権、商標権は、いずれも特許庁に出願をすることで獲得できる権利であり、権利の内容は特許庁のホームページ(特許情報プラットフォーム)で公開されます。公開が前提であることから、「他者の権利の存在を知らなかった」ことは免責理由とはなりません。
つまり、他者の権利の存在を知ってあえて模倣した場合はもちろん、他者の権利の存在を知らず偶然の一致(類似)であったとしても権利侵害に該当するということです。他者の知的財産権を侵害すると、次の法的措置などの対象となります。
- 差止請求:侵害行為をやめることや、侵害の予防策を講じることなどを求めるもの
- 損害賠償請求:侵害行為によって生じた損失を金銭の支払いで償うよう求めるもの
- 信用回復措置請求:侵害行為によって権利者の業務上の信用が失墜した場合、信用を回復するための謝罪広告の掲載などを求めるもの
これらの法的措置の対象となれば自社にとって多大な影響が生じ、ビジネスの大きな方向転換を余儀なくされる可能性も高いでしょう。
この知財リスクのマネジメント方法
他者の知的財産権を侵害するリスクのマネジメント方法としては、事前調査を徹底することが挙げられます。製品の製造・販売を開始する前や新たな商標の使用を始める前などに他者の権利の有無を調査することで、思わぬ権利侵害を避けることが可能となります。自社での調査が難しい場合には、弁理士に依頼して調査してもらうとよいでしょう。
また、自社の発明や使用したい商標について積極的に出願することも、このリスクのマネジメント方法として有効です。積極的に出願をすることで他者に先に権利化される事態を避けやすくなり、適法な実施や使用が可能となるためです。
知財リスクマネジメント2:知的財産を侵害されるリスク
代表的な知財リスクの2つ目は、自社の知的財産が侵害されるリスクです。このリスクについて、概要とマネジメント方法を解説します。
リスクの概要
知的財産を侵害されるリスクとは、自社の発明が他社によって無断で実施されたり、自社の製品・サービスに関して類似品が流通したりするリスクです。
発明を完成させるにあたって、自社はコストや時間を割いているはずです。これが他社に無断で実施されてしまうと、本来であれば得られるはずであった市場での優位性などが得られなくなります。それどころか、模倣者である他社は発明にあたってコストを投じていないため、価格競争で負けるおそれさえあるでしょう。
同様に、自社が工夫を重ねて消費者の信用を勝ち取ってきたにもかかわらず、ネーミングやロゴマーク、パッケージなどが似た商品・サービスが販売されれば、消費者が自社のものと混同して他社の商品・サービスを購入してしまうかもしれません。
このような事態が生じると、自社は開発にリソースを投じたにもかかわらず、十分なリターンが得られない可能性が生じるでしょう。また、他社が展開した類似品が粗悪品である場合、自社のブランドイメージが毀損されるおそれもあります。
この知財リスクのマネジメント方法
自社の知的財産が他社に侵害される事態を避けるには、保護したい知財について積極的に出願することが有効です。他社に自社の発明が無断で実施されたりロゴマークや商品のネーミングが盗用されたりしても、自社が特許権や商標権を獲得していなかったのであれば、法的措置をとることは困難です。
相手を不正競争防止法違反として対抗する手段はあるものの、不正競争防止法違反に問うハードルは高めであり、容易なことではありません。出願をして、大切な発明については特許権を、大切な商標については商標権を取得しておくことで、万が一侵害行為がなされてもスムーズな法的措置がとりやすくなります。
また、特許権や商標権を侵害すれば法的措置をとられる可能性が高いため、侵害の抑止力としての効果も絶大でしょう。そのうえで、万が一権利が侵害された際には、早期に対応することをおすすめします。
権利が侵害されているにもかかわらずこれについて法的措置をとらなければ侵害行為がエスカレートするおそれがあるほか、第三者からも「権利保護に積極的ではない企業」との印象を持たれ、さらなる侵害がなされるおそれもあるためです。
知財リスクマネジメント3:知的財産権が無効化されるリスク
代表的な知財リスクの3つ目は、知的財産権が無効化されるリスクです。この知財リスクについて、概要と主なマネジメント方法を解説します。
リスクの概要
知的財産権が無効化されるリスクとは、自社がいったん獲得した知的財産権について、これがビジネスの障害となる他社から無効審判が申し立てられ、結果的に無効となるリスクです。知的財産権が無効となり得る理由は、実際には満たすべき要件を満たしていないにもかかわらず、権利が得られる場合があるためです。
たとえば、特許権を獲得するには、「その発明が、出願時点で公知となっていない」という新規性要件を満たさなければなりません。出願前にその発明を実施した製品を一般販売していたり、その発明を記した論文が発表されていたりする場合にはこの新規性要件を満たさず、拒絶査定がなされます。
しかし、実際には、特許庁の審査官がすべての情報を調べ尽くすことは現実的ではないでしょう。そのため、実際には新規性要件を満たしていないにもかかわらず審査過程で見落とされ、特許査定がなされる場合があります。
このような場合において、後に、他社のビジネスにおいてその特許権の存在が「邪魔」となる場合があります。他社からすれば、その特許権が存在する限りその発明を自由に実施できず、実施するには権利者から許諾を受けてライセンス料を支払う必要があるためです。
そこで、ビジネスの障害となっている特許権の無効化を試みることとなります。具体的には、「その特許権が、本来であれば拒絶査定になっていたはずの証拠」、すなわち「出願時点で公知となっていた証拠」を見つけ、これをもって特許無効審判が申し立てられることとなるでしょう。
その結果、実際に無効となる証拠があるのであれば、自社の特許権が無効となります。
この知財リスクのマネジメント方法
知的財産権が無効化されるリスクを避けるには、出願時点から専門家のサポートを受けることです。専門家のサポートを受け、権利化の要件をあらかじめ十分に理解したうえで出願に臨むことで、知らずに要件から外れる行為を避けることが可能となります。
知財リスクマネジメント4:秘匿にまつわるリスク
代表的な知財リスクの4つ目は、秘匿にまつわるリスクです。これについて、概要とマネジメント方法を解説します。
リスクの概要
秘匿にまつわるリスクとは、出願内容が公開され、これが侵害(模倣)の原因となり得るリスクです。このリスクは、特に特許に関して問題となります。
特許権を獲得すると、その発明の内容が特許庁のホームページ(特許情報プラットフォーム)上で公開されます。また、最終的に特許査定には至らなくても、出願から1年6ヶ月後には出願内容が公開されることとなっています。つまり、特許を出願した以上、原則としてその発明内容の秘匿はできなくなるということです。
とはいえ、特許発明が日本国内で侵害された場合には、これについて差止請求や損害賠償請求などの法的措置が可能です。そのため、国内で堂々と侵害品が流通するリスクは低いかもしれません。
一方で、海外で侵害された場合には、対応が困難となります。なぜなら、特許などの知財は属地主義が採られており、特許を受けた国だけで保護が受けられる制度であるためです。日本だけで特許を受けた場合、これによって公開された情報を元に中国国内で侵害行為がなされても、有効な対策をとるのは困難だということです。
この知財リスクのマネジメント方法
このリスクのマネジメント方法としては、出願をする前に、出願するか否かを慎重に検討することが有効です。
なかには、自社が出願さえしなければ、発明の内容が他社に知られづらいものもあるでしょう。その場合には、あえて出願をせず発明を秘匿することも有効な選択肢となります。
また、出願をするのであれば、海外にも併せて出願をすることを検討するとよいでしょう。
日本にしか出願しなければ日本国内でしか発明の保護が受けられないものの、アメリカへ出願して特許を受ければアメリカでも、中国へ出願して特許を受ければ中国でも保護を受けることが可能となります。
海外への出願には注意点も少なくないため、海外の知財にくわしい専門家のサポートを受けて進めることをおすすめします。
知財リスクマネジメントの流れ
知財リスクマネジメントは、どのような流れで進めればよいのでしょうか?最後に、基本的な流れについて解説します。
- 知財リスクマネジメントに強い専門家に相談する
- 自社にとっての知財リスクを洗い出す
- リスクを評価する
- リスクへ対応する
知財リスクマネジメントに強い専門家に相談する
的確な知財リスクマネジメントを自社だけで行うのは、容易なことではありません。そのため、はじめに知財リスクマネジメントに知見を有する弁理士へ相談するとよいでしょう。
自社にとっての知財リスクを洗い出す
サポートを依頼した弁理士とともに、自社にとっての知財リスクを洗い出します。このステップが必要である理由は、知財リスクの具体的な中身は企業によって異なるためです。
リスクマネジメントを検討する前に自社にとっての知財リスクを洗い出すことで、的外れな対策を講じてしまう事態を避けることが可能となります。
リスクを評価する
自社にとってのリスクを洗い出したら、それぞれのリスクを評価します。すべての知財リスクに対応することは、現実的ではないでしょう。
そのため、リスクの大きさや顕在化した際に事業に与える影響と、対応に要するリソースなどを比較し、優先的に対応するリスクと具体的な対処法を検討します。
リスクへ対応する
リスクを評価して対処法を検討したら、各知財リスクへの具体的な対応を進めます。
自社の状況や知財の状況などが適宜変化する以上、知財マネジメントは一度きりで完結するものではありません。そのため、定期的に自社にとっての知財リスクを見直し、マネジメントすることが必要です。
まとめ
知財リスクマネジメントの概要を紹介するとともに、代表的な知財リスクや各リスクのマネジメント方法を解説しました。
知財リスクとは、知的財産に関するリスクです。代表的な知財リスクとしては、他者の知的財産を侵害するリスクや知的財産を侵害されるリスク、知的財産権が無効化されるリスク、秘匿にまつわるリスクなどが挙げられます。
適切なマネジメント方法はリスクの内容によって異なるため、自社にとっての知財リスクを把握・評価したうえで、適切なマネジメント策を講じましょう。知財リスクマネジメントでお困りの際は、知財のプロフェッショナルである弁理士へ相談することをおすすめします。