
【2025】スタートアップ向け知財の基礎知識|弁理士がわかりやすく解説
スタートアップの中には、知財に関してさほど注意を払っていない企業も散見されます。しかし、スタートアップが自社の価値を最大化し、自社の発明やブランドを守るためには、知財に関する正しい理解は不可欠です。
では、スタートアップが知財について理解することには、どのようなメリットがあるのでしょうか?また、スタートアップは知財について迷った場合、誰に相談すればよいのでしょうか?今回は、スタートアップが知っておくべき知財の基本について弁理士が解説します。
スタートアップが知っておくべき主な知財とは
知財とは、知的財産の略称です。そして、知的財産とは人間の創造的活動の結果として生み出されるアイデアなど無形のもののうち、財産的価値を有するものを指します。はじめに、スタートアップが知っておくべき代表的な知財について、それぞれ概要を解説します。
- 特許権
- 実用新案権
- 意匠権
- 商標権
なお、上記に示したものは特許庁所轄の「産業財産権」と呼ばれるものですが、知的財産には、著作権、回路配置利用権、育成者権(種苗法)、営業秘密(不正競争防止法)、商号(商法等)、商品等表示(不正競争防止法)、地理的表示があります。
特許権
特許権とは、発明を保護する権利です。
特許法において発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものを指します(特許法2条1項)。特許庁に出願をして特許を受けることで、その発明を独占的に実施することが可能となります。
実用新案権
実用新案権とは、物品の形状や構造、組み合せに関する考案を保護する権利です。考案とは、自然法則を利用した技術的思想の創作を指します(実用新案法2条1項)。
特許とは異なり「高度」であることは求められておらず、日用品の発明などが実用新案権の対象となります。特許庁に出願して登録を受けることで、その考案を独占的に実施することが可能となります。
意匠権
意匠権とは、独創的で美感を有する物品の形状や模様、色彩などのデザインを保護する権利です(意匠法2条1項)。特許庁に出願をして登録を受けることで、その意匠の独占的な実施が可能となります。
商標権
商標権とは、「商標」を保護する権利です。商法とは商品やサービスなどに用いられる文字や図形、記号などであり、たとえば商品名やサービス名、ロゴマークなどがこれに該当します。
特許庁に出願をして登録を受けることで、出願時に指定した商品・サービスにおいてその商標を独占的に使用することが可能となります。
スタートアップが知っておくべき知財の基本
知財に関する専門家は弁理士であり、スタートアップが知財に関して困った際には弁理士へ相談するとよいでしょう。しかし、知財に関して正しく理解できていないと、弁理士に相談すべきタイミングを見誤り、自社の知財を正しく保護できないおそれが生じます。そこでここでは、スタートアップが理解しておくべき知財の基本をまとめて解説します。
- 知財は「先願主義」である
- 他社に登録された知財は無断で利用・実施できない
- 知財は「守り」だけでなく「攻め」にも使える
- 日本で登録を受けた知財は海外では保護されない
- 登録を受けられるか否かは弁理士の力量で左右され得る
知財は「先願主義」である
特許権や商標権など登録を受けることで権利が発生する知財は、原則として「先願主義」が採られています。先願主義とは、わかりやすく言い換えれば「早い者勝ち」ということです。
たとえば、自社が研究しある発明Aを完成させた際、他のX社も同様のアイデアを思いついていたとします。自社は自力で技術開発を行っており、X社の技術を盗用したわけではありません。
このような場合であっても、その発明Aについて先にX社に特許出願をされ設定登録がなされると、発明Aの特許はX社に付与されることとなります。「どちらが先にアイデアを思い付いたか」や、「どちらが先に製品化したか」などは、原則として関係がありません。あくまでも、出願の早さで特許を受けられるか否かが決まります。
発明Aの特許権をX社が適法に獲得した場合、自社はたとえ自力で発明したのだとしても、X社に無断では発明Aを実施できないこととなります。仮に無断で実施すれば、X社から差止請求や損害賠償請求がされるおそれが生じます。
X社に特許を取得されてしまった以上、自社が発明Aを適法に実施するためには、X社から実施権の許諾を受けX社にライセンス料を支払わなければなりません。これは特許だけではなく、商標など他の知的財産権についても同様です。
自社の大切なアイデアや発明、商標などが使えなくなる事態を避けるためには、他社よりも先に出願する必要があります。なお、発明はアイデア段階でも出願できるため、早い段階から弁理士へ相談しておくことをお勧めします。
他社に登録された知財は無断で利用・実施できない
特許権や商標権などの侵害は、実際にその権利の存在を知らなかったとしても成立します。
つまり、「知らなかった」という言い分は通用しないのです。古代ギリシャの哲学者であるソクラテスは「無知は罪なり」と言い、仏教では「罪と知りながら罪を犯すより、罪と知らずに罪を犯す方が、より罪深い」と言われています。これらと同じ理屈です。
たとえば、X社がある商標について登録を受けており、自社がX社の登録商標の存在を知らずにこれと類似する商標を類似する業種で使用していた場合にも、商標権侵害が成立し得るということです。そして、他者の知的財産権を侵害した場合には次の法的措置などの対象となります。
- 差止請求:侵害行為を辞めることや、侵害行為に供した設備の除却など侵害の予防策を講じることを求めるもの
- 損害賠償請求:侵害行為によって被った損害を金銭の支払いで償うことを求めるもの
- 信用回復措置請求:侵害行為によって権利者の業務上の信用が失墜した場合に、これを回復するための謝罪広告の掲載などを求めるもの
このとき、自社が「本当にX社の商標の存在を知らなかった」と主張しても、免責を受けることはできません。
思いがけず他者の知的財産権を侵害する事態を避けるには、新たな商標の使用を開始する前や製品開発を始める前、新商品を発売する前などに他者の権利を調査することが何より重要です。これらの調査を自力で的確に行うことは容易ではないため、弁理士への依頼をお勧めします。
知財は「守り」だけでなく「攻め」にも使える
スタートアップは「攻め」のステージにあり、「守り」は手薄になりがちです。しかし、知財では何よりも先に「守り」を固めることが大切です。相手から攻撃を受けた場合のダメージが大きすぎるからです。徹底的に守りを固めましょう。
その一方で、知財は「攻め」としても活用できますので、「守り」を固めた後に「攻め」も検討しましょう。
たとえば、ある技術分野で多くの特許を取得したり根幹となる発明について特許を受けたりすることで、他社が自社の特許発明を回避することが困難となります。この場合において、自社が権利を有する特許発明を他社が実施するには、権利者である自社から許諾を受けるほかありません。
このような状態に持ち込めれば、自社は交渉上の非常に有利なカードを持っていることとなります。具体的には、実施許諾をせず自社が市場を独占することや、ライセンス料を受けることを条件に実施許諾をすること、相手企業の有する特許の実施許諾と引き換えに許諾するクロスライセンス契約に持ち込むことなどが検討できるでしょう。
自社が重要な知財を得ることで交渉力や競争力が高まり、スタートアップであっても大企業と同等の立場で交渉することが可能となります。
日本で登録を受けた知財は海外では保護されない
特許や商標などの知財は、「属地主義」が採られています。属地主義とは、法律の適用範囲を、その国の領域内に限定するという考え方です。
そのため、ある発明について日本だけで特許を受けた場合、その発明が仮に中国やアメリカで無断で実施されたとしても、有効な法的措置をとることはできません。中国でも保護を受けたいのであれば中国へ出願し、アメリカでも保護を受けたいのであればアメリカへ別途出願し、特許を受ける必要があるということです。
近年はグローバル化が進んでおり、スタートアップの中には海外展開を予定している企業もあることでしょう。海外での知財保護には注意点も多いため、海外展開を予定している場合には、弁理士に相談しておくことをおすすめします。
この際、やたらと多くの国に特許出願しようとすると膨大な費用が掛かります。このため、事業展開を行う国を見定めつつ、コストパフォーマンスを極大化すべきです。
登録を受けられるか否かは弁理士の力量で左右され得る
スタートアップが知財の獲得を目指す場合は、弁理士に依頼するのが一般的です。弁理士は、単に出願書類の作成を機械的に代行するのではないため、「誰に頼んでも同じ結果が得られる」わけではありません。
弁理士は高度なプロフェッショナル職です。知財を獲得できるか否かや獲得した知財の価値が、依頼した弁理士の力量で左右されるケースも少なくありません。特に、弁理士には得意な技術分野があるため、不得意な分野の依頼を受けた場合に適正な対応が難しくなります。例えば、弁理士がブロックチェーンに関する発明の依頼を受けた場合に、ブロックチェーンの基礎的な事項を知らないならば、一から勉強するにしても限界があります。
そのため、スタートアップが知財の獲得を目指す際は報酬額の安さなどで弁理士を選ぶのではなく、その分野に関する知識量や技術への理解力、戦略的思考の有無などを加味して慎重に選ぶことをおすすめします。
スタートアップが知財について正しく理解するメリット
スタートアップが知財について正しく理解することには、多くのメリットがあります。ここでは、主なメリットを4つ解説します。
- 他社による模倣を避けやすくなる
- 知らずに他社の権利を侵害する事態を避けられる
- 自社の強みを効果的に構築しやすくなる
- 開発の方向性を定めやすくなる
他社による模倣を避けやすくなる
1つ目は、他社による模倣や追従を避けやすくなります。これにより、その事業においてイニシアティブを保持することができます。
スタートアップが知財について正しく理解することで、適切なタイミングでの出願が実現できます。これにより、自社の大切な知財の保護が可能となり、模倣や侵害行為の抑止が可能となります。
また、万が一侵害された場合であっても、差止請求や損害賠償請求などの法的措置を講じることで被害の回復をはかりやすくなるでしょう。
知らずに他社の権利を侵害する事態を避けられる
2つ目は、知らずに他社の権利を侵害する事態を避けやすくなることです。
知財について正しく理解できていないと、知らず知らずに他社の知財を侵害するおそれが生じます。しかし、先ほど解説したように、特許権や商標権などの侵害は「知らなかった」からといって免責されるものではありません。
他社の権利を侵害すれば差止請求や損害賠償請求などの対象となり、スタートアップである自社の経営に大きな打撃を与えかねないでしょう。知財について正しく理解しておくことで的確な事前調査が可能となり、知らずに権利侵害をする事態を抑止できます。
自社の強みを効果的に構築しやすくなる
3つ目は、自社の強みを効果的に構築しやすくなることです。
知財を使いこなしている企業は行き当たりばったりで出願するのではなく、知財戦略を策定したうえで、戦略的に知財獲得を目指しています。知財戦略は経営戦略と表裏一体であり、知財面から経営戦略の実現を強化するものです。
知財の専門家とともに自社の強みを把握し、その強みをさらに補強する知財戦略を構築することで、自社の競争力や交渉力、市場優位性をより高めることが可能となります。
開発の方向性を定めやすくなる
4つ目は、開発の方向性を定めやすくなることです。
スタートアップが知財について正しく理解することで、知財面から技術のトレンドや空白地帯などが見えてきます。これを、自社の開発の方向性の検討に活かすことが可能となります。
スタートアップが知財について迷った際の主な相談先
スタートアップが知財について迷った際、誰に相談すればよいのでしょうか?ここでは、知財に関する主な相談先について解説します。
- 弁理士
- 弁護士
弁理士
知財に関する困りごとは、弁理士へ相談することが基本です。
弁理士は知財を専門とする国家資格であり、出願手続きの代理はもちろんのこと、出願内容の検討やアイデアのブラッシュアップ、知財戦略の策定段階などのサポートも可能です。また、知財のライセンス契約についても相談できます。
弁護士
知財に関してトラブルが発生している場合には、弁護士への相談が選択肢に入ります。たとえば、自社の知財が侵害されており、これについて相手方に警告をしたい場合や訴訟を提起したい場合などです。
しかし、知財はやや特殊な分野であり、すべての弁護士が得意とするわけではありません。弁理士は知財に強い弁護士とも繋がりを持っていることが多いため、弁理士と顧問契約を締結するなど日ごろから相談しておくことで、必要に応じて知財に強い弁護士の紹介を受けることが可能となります。
スタートアップが知財に関して弁理士のサポートを受ける主なメリット
スタートアップが知財について弁理士のサポートを受けることには、どのようなメリットがあるのでしょうか?最後に、弁理士のサポートを受ける主なメリットを3つ解説します。
- 自社に合った知財戦略を策定しやすくなる
- 出願手続きを任せられる
- 無効化されるリスクを減らせる
自社に合った知財戦略を策定しやすくなる
弁理士は、知財戦略の策定段階からのサポートが可能です。知財の専門家である弁理士のサポートを受けることで自社の技術面での強みを客観的に把握することが可能となるほか、自社の将来を見据えた知財戦略の策定が可能となります。
出願手続きを任せられる
弁理士へは、特許や商標などの出願手続きを任せることが可能です。弁理士はクライアントから提示された内容をそのまま書面に落とし込むのではなく、権利獲得の可能性を高め、かつ獲得する権利の価値を最大化するとの視点から出願内容を検討します。
戦略的思考を有する実績豊富な弁理士へ出願を依頼することで、価値の高い権利獲得を目指しやすくなるでしょう。
無効化されるリスクを減らせる
弁理士へ依頼して出願することで、後に権利が無効化される事態を抑止できます。
特許権や商標権などの知財は、獲得さえすれば安泰というものではありません。本来であれば登録を受けられないはずであるにも関わらず権利化される場合があり、この場合には後から無効化されるおそれがあります。
たとえば、特許を獲得するにはさまざまな要件を満たす必要があり、そのうちの1つに「新規性要件」があります。これは、出願時点においてすでに公知となっていないという要件です。
しかし、特許庁の審査官がすべての情報を調べきることは容易ではないでしょう。そのため、実際には出願前にその発明を実施した製品を一般発売していたなど新規性要件を満たさない事情があったにもかかわらず、これが見落とされて特許査定がなされる可能性があります。
特に、スタートアップでは新規性要件などを理解しておらず、知らずに要件から外れる行為をしてしまう場合もあるでしょう。
誤って特許査定がなされた場合、その特許権の存在が障害となっている他社などから実際には新規性要件を満たしていなかったことを示す証拠とともに特許無効審判が申し立てられ、権利が無効化されるおそれがあります。
出願時点から弁理士のサポートを受けておくことで、出願にあたって「すべきでないこと」についてアドバイスを受けることが可能となります。無効となる原因さえなければ無効化されることはないため、安泰と言えるでしょう。
まとめ
スタートアップが知財について理解しておくメリットを紹介するとともに、知財に関してスタートアップが特に理解しておくべき内容を解説しました。
知財は、「守り」のみならず「攻め」の要素も持つものです。スタートアップが知財について正しく理解しておくことで自社の知財を適切に守ることができるほか、知財面から自社の交渉力や競争力を高めることも可能となります。
知財に関して困りごとが生じている際や、自社の知財レベルを高めたいとお考えの際などには、弁理士のサポートを受けるとよいでしょう。弁理士のサポートを受けることで的確な権利取得が可能となるほか、自社の強みを発揮する知財戦略の策定が実現できます。