
商標にまつわる主な「リスク」とは?弁理士がわかりやすく解説
商標について正しく理解していなければ、思いがけず不利益を被る事態となりかねません。
では、商標にまつわる主なリスクにはどのようなものがあるのでしょうか?また、商標に関するリスクを引き下げるには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?
今回は、商標の概要や商標にまつわる主なリスクを紹介するとともに、リスクを引き下げるための対策についてもくわしく解説します。
商標の概要
はじめに、商標の概要について解説します。
商標とは
商標とは、商品やサービスに使用される「標章」です。標章とは、人の知覚で認識できる文字や図形、記号、立体的形状、色彩、これらの結合、音などを指します。
代表的な商標としては、企業名やブランド名、ブランドロゴなどが挙げられます。また、久光製薬のCMで流れるサウンドロゴやファミリーマートの看板の配色、ケンタッキー・フライド・チキンのカーネルサンダース人形なども商標の一つです。
商標登録とは
商標登録とは、特許庁に出願した商標について登録を受けることです。商標登録が認められると、その商標について商標権が発生します。
商標出願は45に区分された商品・サービスの中から、保護を受けたい区分を選択して行います。指定した区分以外の商品・サービスについて同一の商標が他社に使用されても、原則として商標法に基づく法的措置をとることはできません。そのため、保護を受けたい区分に漏れが生じないよう、区分を慎重に選定する必要があります。
商品・サービスの区分はいくつ指定しても構わない一方で、やみくもにすべての区分を指定することはおすすめできません。なぜなら、出願や権利の維持にかかる手数料は区分の数によって変動し、多数の区分を指定すればそれだけ多額の費用を要することになるためです。
商標登録を受ける主なメリット
商標登録を受けることには、多くのメリットがあります。ここでは、商標登録を受ける主なメリットを解説します。
- 自社の差別化をはかりやすくなる
- 侵害時の対応のハードルが下がる
- ライセンスによる収益が得やすくなる
自社の差別化をはかりやすくなる
商標登録を受けた場合、登録商標を独占排他的に使用する権利が得られます。これにより、自社の商標を故意に侵害している他社に対してのみならず、偶然一致または類似している商標を使用している他社に対しても差止請求などの法的措置が可能となります。
その結果、自社の登録商標と一致または類似している商標をその市場から排除することが可能となり、自社の差別化がはかりやすくなります。これにより、より効果的なブランディングがしやすくなります。
侵害時の対応のハードルが下がる
商標登録を受けていなかったとしても、故意に商標権侵害をされた場合には、不正競争防止法違反による対応が検討できます。しかし、商標の不正使用を不正競争防止法違反に問うためには相手方に不正の意図が必要であり、偶然の一致には対抗することができません。また、侵害された商標が周知または著名である必要があり、このハードルも高いといえます。
一方で、商標登録を受けた場合には、侵害への対応のハードルが低くなります。なかでも、侵害が故意ではなく偶然の一致であっても差止請求などの法的措置が可能である点が大きいです。また、対象の商標が周知や著名であるなどの要件もありません。
ライセンスによる収益が得やすくなる
登録商標は自社での使用ができるほか、これを使用したい他社にライセンスをすることも可能です。
登録を受けている商標を他社が適法に使用するには、権利者からライセンスを受ける(または権利自体の譲渡を受ける)ほかありません。そのため、商標登録を受けることで、権利者としてはライセンスによる収益が得やすくなる効果を期待できます。
商標にまつわる主なリスク
商標に関するリスクには、どのようなものがあるのでしょうか?ここでは、商標にまつわる主なリスクを4つ解説します。
- 他者に商標登録の先を越される
- 商標侵害について有効な対策がとれなくなる
- 出願が漏れた区分で、他社に先を越される
- 海外で侵害品が出回る
他者に商標登録の先を越される
1つ目は、他社に商標登録の先を越されるリスクです。
商標権は先願主義(早い者勝ち)であり、他社に先に出願された商標と一致または類似する商標については、同じまたは類似する区分において登録を受けることができません。「その商標の使用を始めたのが早い順」ではなく、「出願の順」であることに注意が必要です。
自社が出願しない間に、自社が商品やサービスに使用している商標を他社に出願されてしまうと、自社はその商標を使用できなくなります。そのまま使い続けると、権利者となった他社から差止請求や損害賠償請求がなされる可能性があるでしょう。
差止請求がなされれば、すでに流通している商品やパンフレットなどの回収が必要となり、多大なコストを要します。自社がその商標を適法に使い続けるためには権利者からライセンスを受けるか、商標権を買い取らなければなりません。
なお、自社に損害を与えるために他社が故意に商標出願をした場合などには、商標を無効化できる可能性があります。お困りの際は、知的財産権に強い弁護士や弁理士などの専門家へご相談ください。
商標侵害について有効な対策がとれなくなる
2つ目は、商標侵害について有効な対策がとれなくなるリスクです。
先ほど解説したように、商標登録を受けていなかったとしても、不正競争防止法違反による法的措置がとれる可能性はあります。しかし、不正競争防止法違反による法的措置のハードルは低いものではありません。
特に、自社の商標が「周知」や「著名」と判断されない場合には、法的措置をとることは困難です。その結果、侵害行為に対して有効な法的措置がとれず多くの類似品が流通し、機会損失となるおそれが生じます。
出願が漏れた区分で、他社に先を越される
3つ目は、出願が漏れた区分において、他社に先を越されるリスクです。
先ほど解説したように、商標出願はその商標について独占的な使用を希望する商品やサービスの区分を選択して行うものです。そして、多くの区分を選択すればそれだけ出願や権利の維持にコストがかかるため、やみくもに多くの区分を選択することは現実的ではありません。
一方で、必要な区分に漏れがあると、その区分において他者に商標出願をされるリスクが生じます。実際に、「無印良品」を展開する株式会社良品計画が中国への進出に伴い商標登録を受けたものの、「タオル・布・ベッドカバー等の商品区分(第24類)」の指定が漏れた事例が存在します。
この隙をつき、中国企業がこの第24類において、「無印商品」の中国語表記である「无印良品」などの商標登録を出願しました。さらに、良品計画が中国国内において第24類にあたる商品について「無印良品」の商標を使用したことについて中国企業から損害賠償請求がなされ、この請求は一部が認容されています。
海外で侵害品が出回る
4つ目は、海外で侵害品が出回るリスクです。
日本の商標登録を受けた場合、これにより保護を受けられるのは日本国内のおいてのみです。日本でしか商標登録を受けていない場合には、たとえ海外で侵害品が出回ったとしても、有効な対策を取ることは困難です。
それどころか、海外(たとえば、中国)で別の企業が商標登録を受けていれば、自社が中国に進出しようとした際に自社製品が侵害品扱いとなり、進出を断念せざるを得ない事態となるおそれも生じます。
他社の商標権を侵害した際に生じるリスク
新たな商標を使い始めようとする際は、他社の商標権を侵害しないことをあらかじめ確認しなければなりません。他人の商標権を踏んでしまうと、自社が損害賠償請求や差止請求をされてしまいます。このため、専門家の弁理士等に調査を依頼することが望ましいです。
最近では、AIを用いた商標調査のサービスを行う企業もあるため、これらを活用することが望まれます。なお、予算に限りがある場合であっても、自社でできることがあります。特許庁の「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」を活用しましょう。これは無料です。
ここでは、他社の商標権を侵害した場合に生じ得る主なリスクについて解説します。なお、「刑事罰の対象となる」以外は、たとえ故意でなかった(偶然の一致・類似であった)としても生じ得るリスクであることにご注意ください。
- 差止請求がなされる
- 損害賠償請求がなされる
- 信用回復請求がなされる
- 刑事罰の対象となる
- 自社の信用が失墜する
差止請求がなされる
他社の商標権を侵害した場合、権利者から差止請求がなされるリスクが生じます。差止請求とは、次の請求などです(商標法36条)。
- 侵害行為をする者に対する、その行為の停止の請求
- 侵害のおそれのある行為をする者に対する、侵害の予防の請求
- 侵害行為を組成した物の廃棄や侵害の行為に供した設備の除却など、侵害の予防に必要な措置の請求
差止請求がなされると商標権を侵害する製品などの製造を停止する必要が生じるのみならず、すでに流通している商品などの回収が必要となる可能性も生じます。また、状況によっては設備(金型など)の除却も必要となり、多大な損害が生じる可能性があるでしょう。
損害賠償請求がなされる
他社の商標権を侵害した場合、権利者から損害賠償請求がなされるリスクが生じます。損害賠償請求とは、相手方の不法行為によって生じた損害を償えるだけの金銭の支払いを求めるものです。
損害賠償請求をするためには、請求者が相手方の故意または過失を立証すべきであるのが原則です。
しかし、商標権侵害の場合には侵害の事実をもって過失の存在を推定する規定が置かれているため、この立証は必要ありません(同39条、特許法103条)。また、次の額などを損害額として推定する規定も置かれています(商標法38条)。
- 逸失利益額を基準として算定した額
- 侵害者が得た利益額
- ライセンス相当額
これらの推定規定により、商標権侵害による損害賠償請求のハードルは格段に引き下げられています。つまり、他社の商標権を侵害した場合には、損害賠償請求がなされる可能性が高いということです。
信用回復請求がなされる
他社の商標権を侵害した場合、信用回復請求がなされるリスクが生じます(同39条、特許法106条)。信用回復請求とは、商標権侵害によって業務上の信用が害された場合において、その毀損した信用を回復させるための措置を求めるものです。
たとえば、新聞やホームページなどへの謝罪広告の掲載などが求められることが多いでしょう。
刑事罰の対象となる
商標権侵害が故意である場合、刑事罰の対象となるリスクが生じます。
商標権侵害による刑事罰は、10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金またはこれらの併科です(商標法78条)。また、法人の業務で侵害行為がなされた場合には、行為者が罰せられるほか、法人も3億円以下の罰金刑の対象となります(同82条)。
なお、商標権を侵害した場合、まずは相手方の弁護士から内容証明郵便などで警告書が送られることが多いです。たとえ当初は故意でなかった(偶然の一致であった)としても、警告書が届いてもなお侵害行為を続けた場合には少なくとも警告書の受け取り以降は故意であると判断されるおそれがあり、刑事罰の対象となる可能性が生じます。
自社の信用が失墜する
法律上の措置ではないものの、商標権侵害をした場合のリスクとして、社会的信用の失墜が挙げられます。
商標権侵害をした場合、これがSNSで「炎上」したりニュースになったりする場合があります。これにより商標権侵害が広く知られることとなれば、信用の失墜は避けられないでしょう。
商標にまつわるリスクを引き下げる方法
商標にまつわるリスクを引き下げるためには、どのような対策を講じればよいのでしょうか?最後に、リスクを引き下げる主な対策を5つ解説します。
- 知財戦略を構築する
- 出願時に区分を慎重に検討する
- 大切な商標は積極的に出願する
- 海外進出を見据えて対策する
- 相談先の弁理士を確保しておく
知財戦略を構築する
1つ目は、知財戦略を策定することです。
知財戦略とは、文字通り知的財産に関する戦略です。経営戦略と連動させた知財面での戦略を構築することで、陣地を計画的に獲得するがごとく、ビジネスで勝つために必要な知的財産の獲得を効果的に目指すことが可能となります。
知財戦略を構築していない場合、商標権などの知的財産獲得は「行き当たりばったり」となりがちです。結果的に、獲得すべき権利に漏れが生じたり、価値の低い権利を得てしまったりすることもあるでしょう。
知財戦略を構築することで全体を見通しやすくなり、必要な商標権を獲得しやすくなります。
出願時に区分を慎重に検討する
2つ目は、出願にあたって、出願する区分を慎重に検討することです。
せっかく商標権を取得できても区分に漏れがあれば、先ほど紹介した良品計画の例のように、他社に隙を突かれる事態となりかねません。良品計画の例は中国でのケースであるものの、国内でも同様のリスクが生じるおそれがあります。
そのような事態を避けるため、商標出願にあたっては出願する区分を慎重に検討すべきでしょう。
大切な商標は積極的に出願する
3つ目は、大切な商標は積極的に出願することです。
自社の商標を守るためには、積極的に商標出願をすべきだといえます。「そのうち出願しよう」「もう少しブランドの認知度が上がったら出願しよう」などと考えていると、その隙に他社に出願されてしまうかもしれません。
そのため、大切な商標や今後育てていきたいブランドなどは、積極的に出願することをおすすめします。
海外進出を見据えて対策する
4つ目は、海外進出を見据えて対策を講じることです。
先ほど解説したように、日本だけで商標登録を受けた場合には、日本でしか保護を受けることができません。先に海外で出願されてしまうと、その国への進出が事実上困難となるリスクが生じます。
そのような事態を避けるため、将来の海外進出を想定しているのであれば、早い段階で進出予定先の国での商標登録を済ませておくことをおすすめします。
相談先の弁理士を確保しておく
5つ目は、相談先の弁理士を確保しておくことです。
弁理士は、商標権など知的財産についての専門家です。弁理士のサポートを受けることで自社に合った知財戦略を構築しやすくなるほか、的確なタイミングで必要な商標を出願しやすくなります。
町医者のように困ったときに気軽に相談できる弁理士を見つけておくことで、知財に関する自社のレベルを格段に引き上げることにつながるでしょう。
まとめ
商標にまつわる主なリスクを紹介するとともに、リスクを回避するための対策などを解説しました。
商標にまつわる主なリスクとしては、他社に先に出願されるリスクや区分が漏れてその隙を突かれるリスク、侵害時に有効な対策がとれなくなるリスクなどが挙げられます。また、他者の商標権を侵害すれば、差止請求や損害賠償請求がなされたり刑事罰の対象となったりするリスクが生じます。
そのようなリスクを引き下げるためには、大切な商標については積極的に出願を検討するとともに、知財戦略を構築して自社の知財の全体像を見通すことが有効です。また、新たに商標の使用を始める際は、他社の権利を侵害しないことを事前に調査すべきでしょう。
商標についてお困りの際には、知財の専門家である弁理士へご相談ください。