研究者のバックグラウンドを生かして企業の知財対策をサポート。岡田宏之が目指すのは「かかりつけ医のような弁理士」

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INTERVIEWEE

パール国際特許事務所 所長弁理士

岡田宏之

1998年より早稲田大学理工学総合研究センター助手
2001年より早稲田大学理工学総合研究センター 講師
2003年パール国際特許事務所(旧大垣万国特許事務所)勤務
2011年パール国際特許事務所 所長
2007年度~ 立教大学兼任講師(知的財産権)

弁理士とは:弁護士や税理士、行政書士と同じく、八士業に分類される職業の一つ。知的財産のスペシャリストとして「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」を取得したいクライアントのために、特許庁への手続きを代理することを主な仕事とする。知財の取得だけでなく、模倣品などのトラブルに関する相談も受け付けている。


特許権:程度の高い発明、技術的アイデア(例:歌唱音声の合成技術など)
実用新案権:発明ほど高度ではない小発明(例:鉛筆を握りやすい六角形にするなど)
意匠権:物や建築物、画像のデザイン(例:立体的なマスクなど)
商標権:商品またはサービスを表す文字やマークなど(例:会社のロゴなど)

池袋駅から徒歩5分の場所に事務所を構えるパール国際特許事務所。所長弁理士を務めるのは、岡田宏之だ。同氏は大学を卒業後、大学院にて放射線検出器について研究し、数年間は研究者として生活を送っていたのだとか。しかし現在は、研究者というバックグラウンドを生かし、電子機器やソフトウェアの特許出願を主に取り扱っている。

弁理士について「こんなにいい仕事はないと思った」と語る岡田氏。なぜ、研究職から弁理士の道に進んだのか。弁理士になるまでの経緯と現在の仕事内容について、話を伺った。

得意な領域は「電子機器」や「ソフトウェア」の特許出願

—【聞き手:松嶋、以下:松嶋】はじめに自己紹介をお願いいたします。

—【話し手:岡田 宏之氏、以下:岡田】パール国際特許事務所の所長を務める岡田宏之と申します。

—【松嶋】弁理士はそれぞれに得意な領域が異なるそうですね。岡田さんは何を主に取り扱ってらっしゃるのですか。

—【岡田】「特許」「実用新案」「意匠」「商標」の全てに対応していて、なかでも電子機器やソフトウェアなどの技術に関する領域の特許出願を得意としています。そのほか、日用品に関する特許の出願にも対応しています。

—【松嶋】電子機器やソフトウェアというと、具体的にはどういったものが多いのでしょうか。

—【岡田】守秘義務があるため、具体例をお話しするのは難しいです。また、技術分野で明確に区切られるものでもないと思います。例えば、電子機器と一言で言っても、半導体にまつわるものだと化学の領域が関係してくることもありえますし、用途によっては医学的な話が話が出てくるケースもあります。

—【松嶋】確かにさまざまな商品がありますものね。そういった幅広い製品を扱うのは、とても大変ではないですか。

—【岡田】そうですね。特許の出願を代理する際は、その技術を理解する必要がありますし、特許性があるかどうかを見極めるためには、幅広い知識が必要となります。

—【松嶋】特許性というと?

—【岡田】書籍などで調べて答えがすぐに出てくるということは、すでに世に出ている技術であるため、特許にはできません。

ただ、調べてもあまり答えが出てこない上に、一見するとすごい技術であっても、その業界では常識の範囲内である、というケースもあります。そういった、どこからが特許性があると言えるのかを見極めるのは難しい部分ですね。

—【松嶋】なるほど。弁理士の仕事をする上で、一番大変だと感じるのはどういった作業なのでしょうか。

—【岡田】特許を出願する前の書類作成ですね。特許権は「発明した技術を広く使えるようにする代わりに、一定期間の独占権を与える」という制度です。そのため、第三者がその内容を見て同じものを作れるような書類にしなくてはいけません。

先ほどの話と重複する部分でもあるのですが、発明者だけが知っている領域なのか、もしくはその業界では常識的な話なのか、書類を作成する際は理解しておく必要があります。

そういった点でいうと、ソフトウェアは技術の進化やトレンドの移り変わりが激しいので、難易度の高い領域だと言えます。新規性があるかどうかを調べる上で、ネットで検索するのも限りがあるので。

—【松嶋】ネットだと検索履歴が残ってしまいますものね。

—【岡田】ええ。原則として特許の情報は出願前に外部に漏らしてはいけないので、ネットなどでパッと調べるわけにはいきません。検索履歴を削除しても100%安全だとは言い切れませんし、何度も調べるうちにサジェストで出てくるようになったら情報漏洩につながります。情報を調べる際にも慎重に行動する必要がありますね。

—【松嶋】経験を積んでいくと、調べ方のコツが掴めるものなのでしょうか。

—【岡田】そうですね。技術はいきなり現れるのではなく、技術者たちが努力を積み重ねて誕生するものです。一度ベースとなる情報を自分の知識として定着させることができれば、あとは足し算していく形で「次はこういった技術が登場したのだな」というのがわかるようになる。そうすると、最初ほど苦労することはなくなると思います。

「こんなに良い仕事はない」研究職を経て出会えた弁理士という天職

—【松嶋】ここからは岡田さんの過去について質問させてください。もともと、学生の頃から弁理士を目指されていたのですか?

—【岡田】そういったわけではありません。むしろ、特許事務所に就職するまでは、弁理士という仕事も特許事務所が何をしているところなのかもわかっていませんでした。

—【松嶋】どのような経緯で弁理士になられたのですか?

—【岡田】少しネガティブな話になってしまうのですが、大学で希望のポストがなくなって、就活せざるを得ない状況だったのです。私は大学を卒業してから大学院で原子核や素粒子、宇宙線実験用の放射線検出器に関する研究をしていて、その後の数年間は講師として働いていました。任期が満了するとなった際に、当時の指導教授から「職を用意しているから心配しないでくれ」とお声がけいただいていたのですが、ポストがなくなってしまって。

他の大学の公募にも応募したのですが、倍率が高くてポジションを見つけることができず、転職サイトに登録することにしました。自分の経歴を打ち込んで求人を探していたら、候補の9割が特許事務所の求人だったのです。それをきっかけに特許事務所について調べていくうちに「私の得意領域かもしれないな」と思ったので、応募することにしました。

—【松嶋】そう思った理由はどういったところにあるのですか?

—【岡田】私はゼロから何かを生み出すよりも、研究する上で発生した問題を解決する方が得意だったんです。それは弁理士の仕事に通ずるものがあるなと。

—【松嶋】まさに天職との出会いと言いますか。

—【岡田】「得意なことをしながら最先端の技術に触れられるなんて、こんなにいい仕事は他にないな」というのが本音でしたね(笑)。

—【松嶋】仕事をしていて研究者としてのバックグラウンドが生きていると思うことは多いのですか?

—【岡田】そうですね。技術を理解しやすいというのもありますし、研究者の思考が理解できるのも大きいのかなと。

具体的にいうと、特許権を取得するのは、研究者の理想とは真逆の行為なんです。研究者はとにかく“良いもの”や“役に立つ技術”を追求して研究を進めていますが、特許権を有効活用するためには、少しグレードを落とすという戦略も必要です。

例えば、バッテリーの使用時間が2倍に増えて料金が2倍になる技術と、その技術の一部を利用することで使用時間が1.5倍で料金は据え置きにできる技術の二択があったとして、後者を選ぶユーザーは少なくないでしょう。研究者としては前者で特許を取得したいのだけれど、そうするとその技術を活用して後者のような類似サービス(商品)によりシェアを奪われるきっかけにもなってしまう。技術を守るための特許ではなくなってしまうわけです。

発明者の技術を守るためにも、時にはクライアントを説得する必要がありますし、そういった話し合いの場において、研究者のバックグラウンドは有効だと思います。あとはクライアントからどれだけ情報を引き出すかというのも弁理士として大切なスキルの一つですし、そこでも研究で培った知見が生きていますね。

—【松嶋】クライアントから情報を引き出すという部分でいうと、ここまでお話をお伺いしていて、岡田さんはとてもお話が上手な人だという印象を受けました。弁理士になる前から、人とお話しするのは好きだったのですか?

—【岡田】そう言っていただけて嬉しいです(笑)。しかし、私は本当に人見知りで、人前で話すのは苦手なんですよ。仕事を通して、多少は話せるようになったかな、というくらいで。

—【松嶋】それは意外です。もともと人とお話しするのが好きな方なのだろうと思っていました。

—【岡田】経験を重ねることで、自然に話せるようになったのかもしれません。何事もそうだと思いますが、やはりいろいろなことを経験することで対処法が身についていくのでしょうね。

弁理士の仕事でいうと、多種多様なクライアントがいて、特許を出願する理由もそれぞれに異なります。さまざまな考え方に触れることで、私自身の視点が広がって、提案しやすくなっているのかもしれません。

弁理士に依頼するのはハードルが高い?知財にまつわる課題とは

—【松嶋】弁理士の仕事をする上で、一番面白いと感じるのはどんな瞬間ですか?

—【岡田】新しい技術について、知ることができることですね。特許権を取得したものが世に出るまでには、10年ほどかかることも珍しくありません。ソフトウェアについては電子機器などに比べて制約が少ない分、特許をとってすぐに製品化されることもありますけどね。いずれにしても、まだ知られていない最先端の技術に触れられるのは弁理士ならではの面白さです。

あとは、面白いという観点とは異なりますが、特許の審査が難航していた案件で権利を取得できたときは本当にやりがいを感じます。20問でもお答えしていたように、特許の審査は結構難しいのです。“発明としての高度な技術”とは少し違う観点で見る必要がありますので。出願したからと言って全てが取得できるわけではありませんし、難しいところがある分、無事に取得できたときは嬉しいですね。

—【松嶋】反対に、課題に感じていることはありますか?

—【岡田】業界全体の課題でいうと、得意分野がコンフリクトしがちである点でしょうか。例えば、カメラの技術に関する知見が豊富な弁理士が、カメラメーカーA社の出願を請け負っていたとします。その弁理士は、カメラメーカーB社の出願を担当できません。クライアントのライバル企業の技術を見ることになってしまいますから。すると、カメラメーカーB社は別の弁理士を探す必要があるし、カメラの技術に関してはあまり博識でない弁理士に依頼するしかないケースも考えられます。

—【松嶋】弁理士に依頼したいのに、その分野に詳しい人を探すのが難しいということですね。

—【岡田】ええ。加えて、弁理士そのものの知名度が低く、仕事内容(何を頼めるのか)についても理解されていません。さまざまな背景が重なり、結果的に弁理士に相談することへのハードルが高くなってしまっているのではないかと。

—【松嶋】解決法は何かあるのでしょうか?

—【岡田】私個人としては、町医者のように気軽に相談できる存在が必要だと考えています。病院で例えると、大学病院のように設備の整ったところでないと対応できないこともあるかもしれませんが、風邪やちょっとした発熱などであれば、個人の開業医でも充分に対応できます。必要であれば、大きな病院を紹介してくれることもあるでしょう。

それと同じように、気軽に相談できる相手として、かかりつけ医のような弁理士が必要なのではないでしょうか。そういった存在がいれば、トラブルを未然に防げるはずです。

—【松嶋】知財に関するトラブルというと、どのようなケースがあるのでしょうか。

—【岡田】例えば、日本で特許を取得した商品の売れ行きが良かったからA国でも販売したいと思ったとき、A国の企業に模倣品をつくられないようにするためにA国で特許を取ろうとしても、もう遅いんです。すでに世の中に知られているものの特許を取ることはできませんし、それは国が違っても同じです。じゃあどうすれば良かったのかというと、日本で特許を出願する際にA国でも特許を出願する必要がありました。

—【松嶋】なるほど。ソフトウェアなどでも同様のトラブルはあるのですか?

—【岡田】ソフトウェアでいうと、また少し違ったトラブルが発生しがちですね。というのも、ソフトウェアなど物理的なものがないものは、特許権侵害をされた際に証明するのが難しいという特性があります。

—【松嶋】特許を取得すれば全ての問題が解決する、というわけではないのですね。

—【岡田】そうですね。特許権を取得していれば模造品を防ぐことはできますが、第三者に技術を公開するということでもあります。一定の期間は技術を独占できるものの、外部にヒントを与えることにもつながりかねません。

模倣品を防ぐ(特許権を取得する)のか、技術を知られてしまうリスクを防ぐ(特許を出願しない)のか。会社の行く末を決める大きな決断になる場合もありますし、正解はありません。特許ではなく、実用新案で出願した方が良いケースもありますしね。

そういった踏み込んだ話をする場合は時間をかけて丁寧に話を進めた方が良いと思うのですが、特許事務所に相談がくる場合は、お急ぎのクライアントが多いのも事実です。トラブルを防ぐのはもちろんですが、経営判断も含めてご相談できるような、かかりつけ医のような弁理士が必要だと思います。

KEYPERSONの素顔に迫る20問

Q1. 好きな漫画は?

最近は、スマホアプリで読める『入学傭兵』という漫画がお気に入りです。

Q2. 人情派? 理論派?

理論派だと思っていますが、流されやすいところもあります。

Q3. パン派ですか? ライス派ですか?

ライス派です。白いご飯が好きなので。

Q4. 都会と田舎のどちらが好きですか?

田舎暮らしに憧れます。生活能力がないので生活していけるかどうかは少し不安ですけどね。

Q5. 保守的? 革新的?

与えられた場所で最善を尽くすタイプですので、保守的だと思います。

Q6. 好きなミュージシャンは?

ミュージシャンとは少し異なりますが、チャイコフスキーが好きです。最近の音楽でいうと、あいみょんや宇多田ヒカルをよく聴いています。

Q7. これまでに仕事でやらかした一番の失敗は何ですか?

パッと思いつくものはありません。

Q8. 犬派? 猫派?

猫派です。寝て、ご飯を食べて、それだけでみんなから愛される存在ですし、私も来世は猫になりたいなって(笑)。

Q9. 現実派? 夢見がち?

現実派だと思います。

Q10. 今、一番会いたい人は?

特に思い浮かばないのですが、大谷翔平さんに会えたら良いなと思います。着実に目標を達成されている方ですし、お話を聞いてみたいなと。あとは、”オーラのある人”というのを近くで見てみたい気もします。

Q11. 仕事道具でこだわっているのは?

こちらも特には思い浮かびませんが、強いて言うなら鉛筆でしょうか。鉛筆の質にこだわっているということではないため、質問の内容からは少し逸れてしまいますが、最後までしっかり使い切るようにしています。

Q12. どんな人と一緒に仕事したいですか?

親分肌の人ですね。私はサポート役に徹するので、司令官のような人と一緒に働きたいです。

Q13. 社会人になって一番心に残っている言葉は?

パッと出てこないのですが、最近テレビで見て印象的だったのが「Small Slow But Steady」という言葉です。女優・岸井ゆきのさんの主演映画『ケイコ 目を澄ませて』の英語タイトルだそうで、なぜだか心に残っていますね。

Q14. 休日の過ごし方は?

土日がお休みですので、土曜日は妻と買い物に行って、日曜日は家で撮り溜めていたドラマを見たり、ゆっくり過ごすことが多いです。

Q15. 好きな国はどこですか?

日本が好きです。それ以外だと、スイスやドイツが好きですね。前者は圧倒的に景色が美しい。後者は日照時間が長い夏の時期に行くのが最高ですね。日が沈むのが23時くらいで、17時くらいだとまだまだ明るいんです。まだ明るい中で仕事終わりにみんなでビールを飲んで、ワイワイしている感じが良いなと。

Q16. 仕事の中で一番燃える瞬間は?

知財の出願で厳しい審査を突破できた時に、一番テンションが上がりますね。

Q17. 息抜き方法は?

読書やドラマ鑑賞ですね。あとは音楽を聴いたり、漫画を読んだりすることです。

Q18. 好きなサービスやアプリは?

最近はTVerでドラマを見ることが多いので、好きなサービスだと言えるのかもしれません。

Q19. 学んでみたいことは?

古典です。大河ドラマを観ていて、「源氏物語」や「枕草子」をちゃんと読み直してみたいなと思いました。

Q20. 最後に一言

特許の出願はハードルが高いと思われている方もいらっしゃるかもしれませんが、ぜひ気軽にご相談ください。

知財にまつわるプロとして、目指すは「かかりつけ医のような弁理士」

—【松嶋】「かかりつけ医のような弁理士」というのは、わかりやすくて良いキャッチコピーだなと思いました。

—【岡田】ありがとうございます。本当に、私としては気軽にご相談に来ていただけると嬉しいです。敷居が高いと感じておられる方もいらっしゃるかもしれませんが、弁理士の多くは同じ考えなのではないでしょうか。

—【松嶋】気軽に相談できる状態を作っておいた方が、クライアントと弁理士の双方にとってメリットが大きいということですね。

—【岡田】ええ。特に中小企業の場合は、気軽に相談できる弁理士がいた方が良いと思います。特許を取得しているかどうかで、依頼主との力関係が変わることもあるでしょうから。ただ、繰り返しにはなりますが、全てのケースで特許を取得した方が良いとは限りません。世界的飲料メーカーのように、秘伝のレシピとして秘匿性を維持することでブランドの価値を高める戦略もあります。

特許事務所に相談するからといって必ずしも知財を出願しなくてはいけない、ということはありませんし、お気軽にご相談いただけるとうれしく思います。


【クレジット】
取材・構成/松嶋活智 撮影/原哲也 企画/大芝義信